NAGASAWA Magazine|ながさわマガジン

編集長・コラム

 

 

2020年・新春の思い!

 

「2020年・初春・編集長談話」

 

年が明け、初もうでも終わり、寒さの中部屋で過ごす毎日だ。

ウエブ・マガジン「nagasawamagazine」を読み始める。

本、作りの難しさを改めて感じているこのごろ。

いままで、多くの友人たちの優しさが加わり、雑誌の形態を守りながら来られた。嬉しいと思いながら、本づくりに圧力を感じ、よくここまで来られたと深く感じている。

いま、2020年を過ぎ、今年の雑誌内容を考えているところだ。

それにしても、話題のある情報を集めての本造りの大変さは重圧の連続。

僕は、ラジオ、テレビの世界から雑誌を経験して今がある。

ラジオで自分の番組を作り、テレビでは多くの人たちとの交流の中で心に残る出会いがあった。

その出会いは僕の人生の中で貴重で忘れることはできない。

人生での大きな宝だと思っている。

その人たちを思い起こしてみたい。

ファッションブランド「ブルガリ」深江さんだろう。

仕事で雑誌を始め、出会った最高の友人の一人だ。

「ブルガリ」が世間を沸かし、話題で盛り上がりを見せているころだった。

毎月、ブランド・ファッション界では、何かの“パーティ”あり、「ブルガリ」も華やかな“パーティ”でマスコミを賑わせていた。

そこでの深江さんと出会い、充分にその存在感を我々に印象付けていた。

商社「伊藤忠」からブランド「ブルガリ」のトップとして就任しての“深江“の存在は群を抜いて日本の市場を乱舞していった。

その存在感は他のブランドにある種の脅威となっていたことは確かだ。

その後の日本経済の強さが、ヨーロッパのおおくの「ブランド」が日本市場に定着していった。

深江の商売のうまさだろう。

「エルメス」「ヴィトン」「フェラガモ」「アルマーニ」などなど、世界を揺るがす「ブランド」が日本をターゲットに商売を仕掛けていった。

面白いように日本の社会に溢れていった、多くの女性たちの生活感も変わっていった。ヨーロッパでしか手に入らなかった「ブランド」が日本で手に入るようになった。それは深江のように経済をよく知り、それをどう生かすか、それを熟知したものだけが、大きく盛り上げていった。まさにブランドの嵐が日本をかけめくっていった、深江の心の大きさと、「ブランド・ブルガリ」の波長が合ったといいようがない。

しかし「ブランド」の命ははかない、女性たちの心に応えられ無くなれば、もう命はなくなる。

その感性も、深江は持ち合わせていた。

はかない「ブランドの命」それが経済の基本だ。

深江さんが「日本ブルガリ」の代表をお辞めになったときに「nagasawamagzine」がスタートした。

深江さんにぜひ「ブランド・ブルガリ」の命を書いてくださいと、お話をしたとき、快く引き受けてくれた。

その命が「nagasawamagazine」の心を作ってくれた“ブルガリ回想録”だ。

心からお礼をしたいと思っている。

友人とはそうしたものだ、“友人は約束を裏切らない”それが本当の友人の姿だと僕は思う。

“いつの時代もその美しさは不安が付きまとう”

“語らずとも通じる”

“王道を歩く人間は、自分の寸法を知っている”。

「nagasawamagazine」その言葉を大切にしている。

 

 

それにしても僕は音楽から離れられない。

昨年(2019年)暮れに世界のエンターティナー“ダニエル・クラール”が再来日した。(Diana Krall)

渋谷ホールでの演奏は、世界のエンターテイナーであることを証明した素晴らしいステージだった。

僕は、彼女の生の演奏に接することは初めてだったが流石興奮した。

世界のエンターティナーは本当に素晴らしい。

僕はニューヨークで”マイケル・ブーブレ“のコンサートを聞いた時にも感じたことだが、とにかく世界を演奏活動にしているエンターティナーは、すごい。

ブーブレが日本に来た時も、聴いた。演奏は確かに迫力があり、世界のエンターティナーの魅力は絶対だと感じた。

今回の“ダニエル・クラール”の演奏会も心を奪う見事なステージは、自分を豊かにしてくれる。

 

以前、“トニー・ベネット”のステージをNHKで接したときの臨場感は、今も忘れることはできないない。

世界のエンターティナーに接することは、自分の財産になるし、生きることへの励みになることは確かだ。

原稿を書いている午前中は、まだすっきりしていないが、美しい音楽はそれを生かしてくれる。

僕の部屋には「Misty」の美しい曲が流れている。

ジャズ・ピアニスト“Kenny Drew”の美しいメロディは、朝呼吸を優しく包んでくれる。