NAGASAWA Magazine|ながさわマガジン

深江・賢氏に新年に会う  編集部

回想録・50稿の長旅・有難うございました・

深江さんと久しぶりにお会いできた。昨年の夏ごろから、お会いしたいというお願いをしていた、しかし僕の都合で取りやめになった、大変申し訳なく思っているうちに2016年が明けてしまった。

2017年になりヤット会うことができた。会う場所は、いつも深江さんとの取材で使っているシェラトン都ホテルだ。ランチでも如何ですかということで「四川」に決めさせていただいた。

 

当日、相変わらずダンディな深江さんが席につかれた。一年以上もお会いしてなかったが、スポーツで鍛えられたスタイルは、若さと、現役時代のかっこよさのままだ。僕の都合でお会いする日が伸びたことをお詫びし「四川」特有辛い料理と向かい合った。食事をしながら「深江回想録」50回までを振り返りながらの話になった。

僕と深江さんとの絆

「nagasawamagazine」を立ち上げるときに、無理に深江さんに頼みに行ったことを思い出しながら話が進む、その時深江さんは「ブルガリ」をお辞めになって間もないころで、丁度、イタリアの靴の名門「テストーニ」からの要請で社長に就任されていて、お忙しい日々を過ごされていた。

無理を承知で「nagasawamagazine」にぜひ、何か書いていただけないだろうかとお願いしたところ、快諾していただいた。

すごくうれしく感激したことを、いまもしっかり覚えている。

 

深江さんは快く「nagasawamagazine」に「深江・回想録」と題して、ブルガリに就任されたときの話など「回想録」は始まった。

そして、2016年1月号「回想録・50」で筆を置いている。

50回の長旅、内容は毎月「テーマ」を決めて進んでいく、読み応えを感じる文章で素晴らしい流れの「回想録」だ。

同時に原稿と一緒の写真がすごい、毎回、どんな写真が送られてくるのかワクワクしていると原稿に合わせそのテーマに相応しい素晴らしい写真ばかりだ。

毎号の「テーマ」も、ブルガリが日本に定着するまで、その成長の流れとご自分が「ブルガリ」を終えるまでが色濃く描かれている。

力強さと洗練された文章は50回まで見事な「回想録」を作り上げていった。

 

「回想録」50という数字は凄いと同時に深江さんの文章の流れのリズムは見事というより迫力を感じてしまう。それと深江さんの記憶力が素晴らしい。

毎号のテーマなど、どうして決めていられるのだろうか、聞きしたいと思っていたがなかなか切り出せなかった。

「回想録」が進むに連れ「ブルガリ人生」を振り返りその仕事と向き合っていく難しさ、楽しさなど、深江さんの筆は毎号ワクワクの連続だった。

読者たちからの反響はメールで判断できた。

なかでも、新しい仕事に入り込むと同時に人との付き合いの難しさ、今までにない経験など内容は豊富で貴重の話の連続だった。

「回想録」の中でお互いに信頼する大切さを学んだこと、深江さんの真面目さと謙虚さが感じられ、人と人が心と心で結ばれる様子など大きな感銘を受けた。社員たちとの絆の大切さは絶対だと、言い切った言葉には感銘した。

 

「回想録」の続編を書いていただければ、など心がうずいたのだが、思い切ってその話を切り出した。

深江さんも50回書いて相当お疲れになったと話されていたので、無理にはと思っていたのだが、何とか考えてみるというお言葉には嬉しかった。

 

深江さんが育てたメンバーは現在も「ブルガリ」で頑張っていると嬉しそうに話されていて一年に一度は必ずみんなで集まって飲み会をするのだと嬉しそうだった。

 

その後プライベートな話になり、年に何回ゴルフをするか、そして、深江さんが最も愛しているスポーツ「アイスホッケー」の話など、あっという間に3時間が過ぎた、またお会いする約束をして別れた。

素敵な“ランチ”だった。

 

年に2、3回、お会いしたい、僕の願望です。

 

企画・取材・nagasawamagazine・編集長・2017・2・9