NAGASAWA Magazine|ながさわマガジン

2016年3月号

洒落おやじの青春取材記 15 工藤 毅志

夢に向かって Phillipe BATTON

フィリップ・バットン
フィリップ・バットン

今、日本で活躍しているフランス人のシェフのひとり、Phillipe BATTON(フィリップ バットン)シェフのインタビュー取材に、東京の虎ノ門にある彼のビストロ「Le petit Petit Tonneau(ル・プティ・ㇳノー)」を久し振りに訪ねた。

彼が日本に来てから、既に26年になる。僕がシェフと逢ったのは、丁度、来日した時だった。それは僕が女性誌「ラセーヌ」の読者の為のイヴェント企画「フランス料理の会」を、東京日本橋・水天宮前にある、ロイヤルパークホテルのレストラン「パラッツオ」で催した時だった。バットンシェフはその時27歳。それ以来の付き合いだから、もう四半世紀になる。

レストラン外観
レストラン外観

彼は1963年の4月生まれのパリジャンだ。「どんな少年時代だった?」とインタビューの口火に、「普通の少年だったよ。誰もが通る悪ガキだったかな」と笑った。

「じゃあ料理人になったのは何時から?」と水を向けると、「1979年、16歳の時、父親の知り合いで、パリ1区にある、ビストロ「La Tour de Monthery(ラ トゥール ド モンテリー)のシェフの下で偶然働くことになった。最初から料理人になりたいという訳ではなかったが、そのビストロは、僕のような少年にとって大人の中に混じって、とても楽しかったのを覚えているよ。何でも一人でやらなければならなかったけど、シェフに教わった料理作りも面白かった。」

少年時代に経験したことが、後になって自分の人生を決めることはよくあることだから、フィリップ少年の心に、小さな火を灯したのは間違いない。この下地があって、1981年、18歳の時、パリの有名なホテル、George V(ジョルジュ サンク)に紹介されて5年間働いた。「ホテルの中のレストランならではの経験、外国の重鎮から色々な客層の動きまで勉強になったが、少し、此処での仕事に飽きた頃、1986年、23歳で「Le Manoir de Paris(ル マノワール ド パリ)」で働くことになった。ここのシェフ・Phillipe GROULT(フィリップ グルー)に出逢ったのは、幸運だった。グルーは三ッ星レストランのジョエル・ロビュションのスーシェフ(シェフのすぐ下)をしていたし、M.O.F.(フランス最高技能賞)も取得している。」

レストラン内部
レストラン内部
レストランイベント
レストランイベント

「どうして日本に来ることになったの?」

「シェフのグルーの下で働いていたから、たまたま、1987年に神戸にレストラン「ラ バーグ」にシェフとしてグルーが呼ばれた時、一緒に来るように言われて神戸に行った。グルー氏は、自分の店を持つ準備にパリへ戻り、翌年1988年に、グルーのレストラン「AMPHYCLES(アンフィクレス)のオープンで呼び戻されてパリに戻ったんだ。」

「それでまた、日本に来たのは?」

「その2年後、1990年、27歳の時に、グルーシェフに言われて、ロイヤルパークホテルのレストラン「パラッツオ」にシェフとして働くことになったのさ。」そこで、僕の企画で顔を合わせることになったという訳だ。

日本に来てからは、1995年、このパラッツオのバットンシェフの料理が気に入られて渋谷・神泉にあったレストラン「エヴリーヌ」に呼ばれてシェフを努め、1998年、代官山で、アンドレ・パッション氏と共同で、ビストロ風の「Petit Beton(プティ・ ブトン)を開店させた。当時は、フランス大使館やフランス商工会議所、フランスの有名ブランド関係者など、在日フランス人達が集い、ディナーやパーティなどで賑わいを見せていた。僕も仕事柄、何回も訪れた。レストランの名前を日本語にすると「小さな太鼓腹」。いかにも料理好きな客が、ワインを片手に料理に満足したという雰囲気が滲み出出ているような店だった。

そして、2001年38歳のBATTONさん念願の「Bistro Parisien(ビストロ パリジャン)」が千代田区九段に出来たのだった。その名も「Le petit Tonneau(ル・プティ・トノー)日本語にすると「小さな樽」如何にもBATTONさんらしい。

更に、2年後の2003年に虎ノ門店が開店した。

ここは、都会にあって、喧騒から少し下がって、緑の大きな木々を前に、外に張り出された赤いテントの下で、ビストロの味をたっぷりと味わえる。

数年前、フランスのバスク地方で、特別に飼育された豚肉のPRを兼ねたバスク地方の生産者が来日してのお祭り企画があり、生ハムやチーズに、シャンパーニュにバットンさんの赤ワイン、そしてシェフの美味しい料理を味わうスペシャルデイに友人たちと連れ立って、ビストロの味を堪能したのもつい昨日のような気がする。

その時のバットン氏は、16歳で初めて働いたパリのビストロの楽しい思い出が蘇ったように、バスクの音楽とダンスの輪に客人と共に体を動かしていた。

シェフの一皿
シェフの一皿

最後に、シェフの一皿を作って貰った。彼の定番メニューの中にもある「Joue de boeuf braise un rouge et carottes au cumin(とろける牛頬肉の赤ワイン煮)」「これは、パリでフィリップ グルーから教わった料理で、頬肉の煮込みは手間のかかる料理で、ゆっくりと丁寧に作る基本中の基本。この料理人の思いを食べる人に伝えられたら嬉しい」と微笑んだ。

現在53歳のグランシェフバットンさん。「次なる目標は?」

「グルマンに人気の世界的に有名なRELAIS&CHATEAUX(ルレエシャトー)のように、日本の伝統的な建物や部屋の素晴らしい和のインテリアの中で、和の食材を使って、本格的な高級フランス料理を作って、お客に喜んでもらいたい」と少年の時のように目を輝かせて語ってくれた。いつの日か、実現できることを願って、「A bien tot(ァ・ビアントー、又ね)と握手して別れた。

BOTTON氏と著者
BOTTON氏と著者

「ル・プティ・トノ―・虎ノ門」

港区虎ノ門2-1-1 商船三井ビル1F TEL:03-5545-4640

 

工藤 毅志

2016年 4月22日 記