NAGASAWA Magazine|ながさわマガジン

洒落おやじの青春取材記 18  工藤毅志

女優・蜷川有紀さん、薔薇に魅せられて10年

6月20日(月)東京渋谷のBUNKAMURA BOX Galleryに蜷川有紀さんを訪ねた。

蜷川有紀さんは読者の皆さんもご存知の通りに、映画に舞台にと活躍されて久しい。

有紀さんは、詩人のお父様、画家の伯父・水野冨美夫氏、演出家の叔父・蜷川幸雄氏と、周りに芸術家という素晴らしい環境の中で、少女時代を送ったというだけあって、その才媛振りは、夙に有名だった。1980年代から、舞台に、映画に、TVドラマにと100本以上という出演だというから、並大抵ではなかったろうと、勝手に推察するが、僕は、雑誌の仕事で、ファッションショーで、いつもにこやかに鑑賞している姿を見かけて、色々な場面で出会って話をするようになって、僕が家庭画報国際版の編集を始めた頃、この国際版を見ていて、日本の美しい文化を世界に、というコンセプトと、雑誌デザインの美しさを称賛してくれたことをよく覚えている。

 

 蜷川有紀さんと私
蜷川有紀さんと私

演技と言えば、恥ずかしながら、昨年の6月号で書いた「青春取材記・プッチーニとルッカ」で、素人ながらプッチーニ役を東京九段にある「イタリア文化会館」で演じた時に、早速、有紀さんが知人を連れて、一番前の席で鑑賞されて、それを舞台から見た僕はすっかりアガってしまったが、終わってから、及第点を貰った時はホッとしたし嬉しかった。

有紀さんはそれから2006年、画家として活動を始め、BUNKAMURAギャラリーで、2008年に薔薇めくとき」の絵画展を開催されてから、2010年「薔薇まんだら」、2012年「薔薇都市」、2013年「薔薇迷宮」、2014年「薔薇の旅人」、昨年2015年は名古屋松坂屋で「薔薇のアンドロギュノス」と毎年のように、大作が続き、今年6月15日から21日まで、「蜷川有紀絵画展「薔薇のおもちゃ箱」として、今までの作品や有紀さんデザインのカップ&ソーサや愛用品の数々もあり、薔薇の蚤の市風まで、まるで大人のおもちゃ箱の絵画展だった。

有紀さんらしいな~と思いながら、「何故、薔薇の画家になったの?」と素朴な質問をしたら、「もともとアーティストになりたかった。自分の演じるものは、もう自分自身の中にしかないと思った。それで大好きな薔薇の花を沢山描きだしました。そして、岩絵の具を使うきっかけが日本画で抽象画を描かれる武田州佐さんの赤が素晴らしかったから。薔薇は香りもいいし、形も綺麗だし、沢山あっても1輪でも美しいし、薔薇の花は迷宮なの。花弁が重なって渦巻く形はまさにそう、人生と同じでしょ」薔薇のような有紀さんがそう話すと彼女が薔薇に見えてきた。

有紀さんは、2004年に、鈴木清順さん原案の短編映画「Barameraba(バラメラバ)」を監督、脚本、出演をして、小説&DVDを上梓している。

この小説の最後に、この様に記している。

「もしあなたが、この物語を単なる女優の陳腐な創り話だと思っていたら、それは大間違いだ。これは思いっきりリアルなのだ。がらんとした未来都市に、あなたが本当に会いたかったあの頃のあの人が待っている。それを誰が否定することができるだろうか。時間という束縛の外に抜け出すことができてはじめて、この物語の真偽がわかるだろう。パラメラバ、それはもうひとりの私。愚かで無謀な娘の名。」

「この小説の題、バラメラバ、どっちから読んでもMe(メ)を中心に薔薇ですね。この時から薔薇なんですね。」という投げかけに、「そうね。」とほほ笑んだ。

蜷川有紀さんの薔薇は、さらにどうなっていくのだろうか。楽しみでもある。

洒落おやじ 6月26日 記