NAGASAWA Magazine|ながさわマガジン

2016年3月号

洒落おやじの青春取材記 14 工藤 毅志

リシャール・コラス・シャネル・2

遥かなる航跡

エピローグ

「Sur le Chemin du Romancier(小説家への道)

僕が原稿を書き始めたのが3月11日(金)で、丁度、東日本大震災から5年目に当たっての特集番組がTVや新聞で報じられていたので、思い出したのが、当時、多くの国内外からのボランティアや応援隊が駆けつけた中に、シャネルの化粧品部隊が化粧品を沢山持って東北へ出向いたというニュースを知って、僕は本当に嬉しかった。失意の中にいる女性達に、少しでも明るくなって欲しいという気持ちで、コラス氏を筆頭にスタッフ達がメイクアップをして被災者を励ましたのだ。勿論、この時は、あらゆる分野の人達がそれぞれなりの絆を持って出向いたので、特にシャネルだけがという訳ではなかったが、その時の女性たちは、どんなに嬉しかったか、想像に難くない。

 

 

銀座シャネル・4F「シャネル・ネクサスホール」
銀座シャネル・4F「シャネル・ネクサスホール」

さて、3月号で書いた「セギュレへの道」でコラス氏が語ってくれた小説家になる夢が、セギュレから16年経った2006年に、遂にその夢を叶えたのだった。

その年は、フランス本国で最高の勲章である「Legion d’honneur(レジョン・ドヌール賞)」を受賞された年でもあった。

もう一つ。夢と言えば、コラス氏が社長就任時、シャネルビルを何時か日本の中心地から文化を発信したいとの思いを込めて、銀座ビルを作られた時に、2月号で既にご紹介した「シャネル・ネクサス・ホール」をビルの4Fに作って、世界中のアーティスト作品の展覧会や日本の若き音楽家の活動を後押しする演奏会などを催し、ガブリエル・シャネルと同様に、その活動の応援者に広がり、その催行が既に今年で12年にもなったということも、僕にとっては、セギュレへの道の続きを見ているようで感慨深いものがあった。

 

 

コラス・シャネル(M.COLASSE photo par Studio  Harcourt Paris_R
コラス・シャネル(M.COLASSE photo par Studio Harcourt Paris_R
コラス・シャネル「遥かなる航跡」堀内ゆかり訳・インターナショナル集英社・出版
コラス・シャネル「遥かなる航跡」堀内ゆかり訳・インターナショナル集英社・出版

 

2006年、夢が実現した小説家・リシャール・コラス氏が処女作を上梓した作品は、「La Trace(ラ・トラース)」邦題「遥かなる航跡」(原文はフランス語、堀内ゆかり訳、発行:集英社インターナショナル、集英社販売)だ。

 

僕は、その発表を聞いて、直ぐ書店に飛び込んで、買い求めた。

 

もうこの作品を読んだ方も多くいらっしゃると思うが、この小説は、360ページの大作で、全三十六章にも渡る力作だ。第一章は、師走 鎌倉から始まる、謂わば、プロローグで、主人公の「僕」は作家自身のコラス氏の語り口から始まり、その僕・リシャール青年の経験が色濃く反映されている小説だ。1ページ捲ると、第二章が、1972年 パリとなって物語が始まる。それから先は、是非とも、手に取って読んでください。三十六章すべてに、鎌倉、パリを始め、銀座、北千束、瀬戸田、倉敷等の地名が出てきて、その地名の織りなす綾が、日記であるような、ちょっとしたサスペンスであるような色合いを見せている。人を引きつけて離さない作品作りに、僕は夢中で読んで、思わず「やったー」と一人で拍手した。

 

この本の表紙に巻く帯に、フランス文学者の鹿島茂氏が書評を書いているのが、この小説を端的に物語っていると思った。

 

「人はなぜ異文化に憧れるのだろうか?(中略)絶望的に不可能故に、我、愛す。そう、異文化への憧憬とは「恋愛」と同じなのである。フランス人青年の日本人女性への官能的な「恋物語」が異文化体験の本質と重なり合うという奇跡を生み出した美しい小説。 久しぶりに、本当に久しぶりに文章を一つ残らずにむさぼり読んだような気がする。」鹿島茂

 

 

 

 返歌(かえしうた)「夢を叶えて続く道 次なる光に 思いを馳せる」

「Apres le Chemin de Romancier, je pense a la Prochaine Lumiere.」

 

工藤毅志 2016年3月13日・記