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気になるファッション 4

ブテック「アニエスべー」が銀座に誕生

©Jean-Francois Jonville pour Marie-Clair,1978
©Jean-Francois Jonville pour Marie-Clair,1978

「アニエスべー」といえば今やお洒落なフレンチカジュアルファッションとして知れ渡っているが、この秋の9月30日に松屋銀座の裏手、マロニエ通りに面した松屋銀座マロニエ通り館の6階建てのビルの1階から3階までの3フロアに、アニエスべーの全ラインが揃ったブティックが誕生した。当日のプレス内覧会に駆けつけて、3フロアを回って見た。銀座の中心に、ファッションブランドのビルやデパートが林立する中にあって、並木のあるマロニエ通りから、そのまま店舗へ何気なく吸い込まれるように素朴な感じのする空間は、自然を愛するアニエスべーらしい。 正式な店名が「アニエスべー Rue du Jour ( ルー デュ ジュール)」この名は、アニエスべーが1975年にオープンしたパリ1号店がある通りの名前を付けたというだけあって、彼女の思いが投影されている。

アニエスべーのファッションが日本に入ってきてからもうすでに30余年経つだろうが、1970年代のアンアン・ノンノ時代を経て80年代、若い女性をターゲットにした女性誌全盛期に、パリ特集やファッション特集で、数多く取り上げられたその証拠に、僕がFEC(日本ファッションエディターズクラブ)代表時、出版社の雑誌編集長、ファッション担当者の会員100名が選ぶ、その年のデザイナーズ賞を日本のデザイナーの他に海外デザイナー賞を設けて、選ばれたのが「アニエスべー」だった。如何に女性誌のエディターの注目が高かったのかが良くわかる。贈賞式当日、彼女自身は多忙で、パリから駆けつけられなかったが、本人から受賞の喜びのビデオメッセージが届き、会場で披露されたのだった。

 

今回の銀座にオープンした路面店は、青山、表参道の2店舗に続くものだけに、そこにアニエスべーのエスプリ全アイテムを凝縮させたといっても過言ではない。

オープニングにプレスやゲストに配られた「アニエスべー・スピリットという題名のタブロイド誌に「1975…………2015 Merci a tous !!(メルシー ア トゥ、皆さん、ありがとう!!)とサインがあり、アニエスべーのエスプリ(スピリット)が次ページから表現されて、その作品の数々が、この店舗にアイテム別にディスプレイされているのだ。

まず最初に、スピリット01 ARTとして、2010年に、映画「カケラ」で監督デビューした若手映画監督の安藤桃子がファムのアーティストプルオーバーを着て登場、その右ページには、2014年、河瀬直美監督映画「2つ目の窓」でデビューした俳優の村上虹朗がオムのアーティストシャツにプルオーバーで写真に収まっている。ここにも、アニエスが若きアーティストを大切にする姿を物語っている。次をめくると、グラフィックからドローイング、彫刻、現代美術家、ポップアート、インスタレーションアーティスト等の作品を取り入れたファッションから小物までが並び、スピリット02 MUSICでは、80年代のロックスタイルを軸にタータンチェックやアニマル柄のブルゾン等が登場。スピリット 03 PHOTOGRAPHYでは、旅を愛するアニエスべー自身が切り撮った美しいアイスランドやパリの風景をシャツ、ブルゾン、プリーツスカート、バッグ等に転写した彼女の重要なコレクションが並ぶ。スピリットの最後 04 CINEMAでは、10月31日から公開の、アニエス・トゥルブレという本名で初監督した珠玉の作品「「わたしの名前は・・・」を記念して、アーティストによる映画装入画をプリントしたTシャツやトートバッグなどもあり、それもまた、アニエス・スピリットの重要な要素になっている。

さて、2016年SSのコレクション写真が届いたので、その中から一部をご覧ください。

この店舗名に付けられた、「ルー デュ ジュール」(直訳すれば1日の道)は日常のライフスタイルを大切にするアニエス・スピリットのメッセージが詰まっていると思えるのだ。

アニエスべー誕生40周年の「アニエスべーを巡るストーリー」もお見逃しなく。

この原稿を書いている最中に、パリでの痛ましいテロのニュースが飛び込んできた。今こそ憎しみの連鎖から離れ、多様な文化(世界)を柔軟に受け入れて相互にリスペクトし合える為に、全てのアーティストたちの表現力の出番が来たと感じて、その力に期待したい。

洒落おやじ・工藤 毅志(2015年(11月15日)