NAGASAWA Magazine|ながさわマガジン

洒落おやじ・気になるアーティスト

Art Vivre(アールヴィーヴル)・森川丈二

洒落おやじ・工藤毅志


既に森川さんをご存知の読者は多いと思いますが、僕も森川さんが資生堂にいらした時期から雑誌の仕事を通じての知り合いでした。彼の手は表現としてよく使われる魔法の手そのものです。何故か……それは有体に言えば、その手から出来上がる姿が自分の予想を遥かに超えて、アートだからなのです。そこで、そのアートの源泉を知りたくて、インタビューに10月22日、原宿にある美容室「gem(ジェム)」を訪ねた。

忙しい最中、秋の日差しが気持ち良く入るビルの2階で、お客が入る前のひと時を貰って話を伺った。

「ヘア&メイクアップの仕事をしようと思ったのは何時から?」と有体の質問に「中学生の時だったですね。」「それはまたどうして?」森川さんの出身は九州の長崎で、父上は水族館の館長、母上が保育士という優しい家庭で育ち、森川さんはピアノを習っていたというから、芸術的な素養が育つ環境だったのは容易に察しが付いた。

森川さんは話を続けて、「中学の時に、YMOの音楽を聞き、自分の世界が広がったような衝撃を受けました。音楽やファッション、ヘアスタイルには特に憧れて、一生懸命真似をしましたが上手く出来ない。毎日いろいろと自分で研究したのが動機といえますね。」僕も中学生時代のことを思い浮かべて、誰しもがそういう時期があるのだなと思い、森川さんの気持ちがよく解った。「美容の道を志し、プラスになると考えて長崎日大付属高校のデザイン科に入学。その時の先生から、資生堂の「花椿」の冊子を見せてもらって、毎月読み続けました。アートディレクターの仲條さんのデザインワークに魅了されたんだと思います。」僕も編集者時代は「花椿」を毎回見ていたので、その思いも良く解った。

その後、本格的に美容の世界に入り、数年後SABFA(シセイド― アカデミー オヴ ビューティー&ファッション)で学んだ後、1988年資生堂に入社。配属はアトリエMASA。「幸運ことに憧れていた花椿において多くの表現を手掛けるマサ大竹さんの元でした。長いアシスタント時代を経て、少しずつ担当も増え、3年間表紙を任せてもらえるようになりました。仲條さんから、“違和感は次の時代を作る”と言われたひと言が自分の創作の原点になっています。時代はこうなるという考えはもうその時点で新しくないからだと解釈しています。」「花椿の撮影の時はいつも現場で見る・感じて・・・即興劇のように直感的に作っていきました。」

そして、遂に僕は2003年に、世界文化社の伝統ある「家庭画報」の国際版を創刊するに当たって、表紙モデルのヘアメイクを、念願だった魔法の手の森川さんに頼むチャンスがやってきたのだ。

僕は思うのだ。アートは芸術の意味だが、術という意味があるので、タイトルのアールヴィーヴル(仏語)は処世術と訳されるけど、僕は人生(生きる)をアートする意味に比重をおき、人生(生きる)を愛しむ、楽しむと自分なりに解釈しています。森川さんの魔法の手にあやかって。まさに、森川さんの手がそれを物語っています。

気になるアーティスト・洒落おやじ・工藤毅志・20151029