NAGASAWA Magazine|ながさわマガジン

コロナの春・五月号

釣りをしている僕
釣りをしている僕

Facebookで昨年の5月は何をしていたかな?と振り返って見ましたら、殆ども毎日の様にウォーキングをしていました。職場は朝の5時30分~19時00分までですが中抜けと言って13時から16時までは休憩時間なのでその時間を利用しては箱根の彫刻の森美術館から強羅、宮城野あたりを往復していました。もちろん坂が多い訳ですから結構体力が付いた様に思います。今年の1月の中旬に父が他界してから、更に、職場も箱根から千葉の富津に3月からの異動もありバタバタしており、中々どうして時間が取れずに約3か月の間、ウォーキングが出来ずで、こんなことは初めて経験しましたが、不思議と体重は増えませんでした。箱根の坂道ウォーキングが功を奏したのでしょうか、何とか代謝は維持できているようなので、4月の前半から休日は出来るだけ歩くように心掛けましたが週に1回から2回くらいが今のところ限度です。又コースを決めたかったので海岸線から少し奥に入ったところに道の駅保田小学校というところを往復すると約45分なので、これをスタンダードコースとしました。但し坂道がないので終わってからスクワットを150回くらいしています。

今年は、コロナウイルスの影響で東京にはほとんど行かない状態が続いています。まぁ行く用事もないので移動するのであるならば実家の千葉の松戸に帰るくらいですかね。コロナの事は私は良く分かりませんので言及は致しませんが私の勤務している施設も5月6日まで営業自粛になっています。

様々なルアー
様々なルアー

3年7か月、箱根にいましたが、近隣では小田原まで出れば早川港から釣りに行けたのですが、車がなかったので趣味だった釣りは全く行けませんでした。現在は住んでいるところから歩いて3分もしない場所に海がありますから釣りの趣味はもしかしたら復活の兆しがあるのかもしれません。

今回は釣りに行くようになった30歳の時のお話をしたいと思います。私は30歳の時に、あることがきっかけで仙人のところで毎日の様にお話を聞く機会が出来ました。本当に様々なお話を聞いて勉強になりました。32歳の頃に仙人のお弟子さんの中に釣りが好きな方がいて、その方から幾度となく釣りに誘われました。仙人も時間があるとお弟子さんを連れて釣りに出かける機会がありその時の色々なエピソードも楽しかったのです。そして実際に行くことになりました。本当に釣りは初めてでしたのでワクワク感でいっぱいでしたが、釣りはお弟子さん達からすれば趣味でもありますが修行の一部でもありましたので、マナーや常識を徹底的に叩き込まれました。まず、私の仕事が終わってから出発なので夜中の2時くらいに松戸から銚子の方へ行きました。釣りは色々な釣りがありますが、そのお弟子さんは基本、ルアー釣りなので、投げ方や糸の結び方、仕掛け方、色々、教わりましたが、一度しか、そういうことは教えて頂けません。簡単に言えば一度で覚えろ!ということです。又移動する車の中で急に「今日の満潮の時間は?」と聞かれましたので「分かりません」と答えましたら、「そんなことも調べないで釣りに行こうとしているのか!」と怒られました。又、運転中、眠そうになったらガムの包みを半分くらい開けて手渡ししないと「気を使えないやつだ!」とも怒られました。釣りもマナーや下調べが大事ということを教えてくれているのですが、体育会系ののりなので少し閉口することもありましたが、そのお弟子さんに付いて何度も何度も釣りに行きました。腕前は、初心者から中級位になるまでは、そういった教え方をされたため、上達は早かったのです。やがて、2年くらいを過ぎたころでしょうか?同じ腕前とはいえませんが、ほぼ注意されず、私の釣果が上回ったり、場所の選定も良かったりするので、同等の扱いをしてくれました。車の運転も任されている自分がいました。もうこうなると自分でも知らない釣りの仕方を覚えたり、船で小物や大物狙いへと、進んでいきました。道具も、それなりに揃えますからお金は懸かりますね。

ボートで釣れるポイントに向かう
ボートで釣れるポイントに向かう

あるとき、東京湾のある場所で、凄く釣れる場所を友人から聞いたので、そのお弟子さんと出かけました。場所は、立ち入り禁止区域でしたのでいえませんが、一晩に、60センチ以上のシーバスを120匹ゲットしました。何回も何回も、そこに通い続けました。その時に、お弟子さんは「もしかしたら一生分の魚を釣ってしまったかも」等と笑みを浮かべていたことは私は忘れません。最初は、体育会系ののりで、釣りを教えられましたが、気が付いたら、楽しみの中にいて、嫌なことは忘れている自分に気が付きました。あの時、釣りの誘いを断って、うちに籠るような状態だったら今の自分はありませんでした。釣れない日も、二人でトボトボ帰ってくると、仙人が「今日は広い海がまっていてくれて良かったな!」と言ってくれました。30歳の時、家庭の事情で相当大変なところだったのです。大変な時に、呑気に釣りなんて普通なら行かない。でも違うのです、人生、どうも自分では手の施し様がないとき、うちに籠ったら負けなのです。運を天に任せ、釣りや違うことに興じてみる。天は、「そんなに苦しい状態なのに良く元気にしていられるな!では、そんなに元気なら、元気になれる立場にしてやろう!」と言って導いてくれた様に思います。その後も色々なところへ釣りに出かけて行きました。好転の時期は、必ず来ます。うちに籠ってウジウジしているよりは外に出た方がよい。

現在では、その反対で家から出るなと、コロナで大変だ大変だと騒いでいて自粛は必要ですが、じっとこらえて好機がくるのを待っている方達が必ず世の中にはいます。しかしながら、こらえる限界も個々の事情によっては超えている場合もあるでしょうから、何とも言えません。私は、自分が辛い時期は、記したように過ごせましたが、現在では、せめて心持ちだけでも前向きに持っていたいとは思います。どうしたらよいかじっくり考えてみる。足りない知識を蓄えて見る。そんな時期なのかも知れません。

 

by ニール

51回を迎える「ニール」、いtも身近で、必要な話題を取り上げてくれます。

ニール自身は。多忙な毎日を送っているのですが、「ニール」の記事には毎月テーマを決めての記事を送ってくれます。読者の人からのコメントも、うれしいですが”ニール”の連載は貴重です。

編集長