NAGASAWA Magazine|ながさわマガジン

ワインバトラー・ニールのライフワーク Part 42

私が関わってきた板長さん、2

7月は中々、梅雨が明けませんでした。雨が多くて困ったなぁなんて思ってませんか?大雨で被害が出たところは別として「普段の雨が降ることを嫌うと大変な事になるよ!」ともう何十年も前に仙人に教えて頂きました。

この梅雨の時期に雨が降らなかったら、(もちろん適量ですが)夏の時期に渇水になり給水制限とか出てしまいます。日照りが加われば作物にもダメージが出ますね。雨が降る時にはやはりきちんと降らないとイザという時に困る訳です。でも、降ったら降ったで、洗濯物が乾かないとか、せっかくおめかしして出かけるのに濡れてしまうとか、とかく人間は自分の都合しか考えません。

雨は、海水が太陽熱に照射されて蒸気となり、水分が空の上に上昇し、つまり上がって、大気の中で雲になり、風に運ばれて冷まされて、雨になって下がって来ます。

水は上がったり下がったりして、空気をきれいにしたり、大地を潤したりしている、してくれている訳であります。

人間がやっていることではなく、もちろん自然がやってくれている訳ですね。自然には逆らえない又コントロールできない訳でありますから、制御できないことに不足や不満を抱いても何の解決にもならない訳ですから仕方ないですね。実はもっと深い意味があるのですが、これ以上は申し上げられません。

前置きが長くなりましたが、さて今回は7月号の続きとなります。

 

シャンパン
シャンパン

私が東京のシティーホテルのフランス料理のダイニングで勤務していた時のシェフは非常に温厚な方でした。30年以上も前に品川にあったシティーホテルで恐らく当時、日本一ワインの品揃えがあるホテルの料理長が異動してきました。

本当に料理も繊細でヌーヴェルキュイジーヌの走りとも言える料理を見せつけられました。私の出身は横浜の小さなホテルのダイニングでしたから、特に料理は目新しいものが多く新鮮でした。休憩時間も良く若いスタッフに交じって色々なことを教えて頂けました。ただし、フランス料理のダイニングは何故か異動が激しく、2~3年くらいの周期で変わっていました。シェフが変わっても総料理長は変わらないので方針は大きく変わりません。しかし人が変われば十人十色と言う様に個性がありますので相性みたいなものはあります。コックさんとは面白いもので、ソムリエや若い女性には穏やかに接しますが、ウエーター(給仕人)には“つっけんどん”ですね。シティーホテルというと、フランス料理ばかりではなく、和食、中華、鉄板焼き、コーヒーショップ、ルームサービス、お寿司などがレストランとして配置されていますから、本当に色々な料理人と関わることが出来ました。おそらく全部綴ったら4コマ位使いますので、あと一人、印象に残る中華のシェフに付いて記し、収めたいと思います。

広東料理
広東料理

この方は、以前は中華料理の三大巨匠と言われた一人です。この時代は周富徳さんが有名でしたが、私の勤務するホテルも中華シェフも有名でした。有名になると兎角、メディアへの露出も多くなり自分のお店をないがしろにしてしまいます。

この頃、料理の鉄人という番組がありましたが、この出演依頼も、うちのシェフはお断りしていました。(これからはこの方をBさんと呼びます。)Bさんは良くお客様の声に耳を傾け人柄も温厚なので誰からも好かれていました。料理は広東でしたので辛くなく上品な中華料理を作ります。私の様な者でも、こっちに来い!といって、厨房の中のも入れてくれました。中華の厨房は当時、初めて入りましたが、やはり火力が強いのと凄い熱気のある職場でした。Bさんが作る中華料理はとても味付けがしっかりしていて美味しかったのですが、ある時、必ず使う調味料があり、これをかなりの量、大方の料理に投入していました。これが味の秘密か!!!と思う程でした。ただこれをお読みになっている方にもこれは言えません。これは彼の秘密ですから。

さて今から約12年前に、都内に外資系のホテルがどんどん進出して来ました。その時に、3階にあるレストランフロアーを改装(リニューアル)してその外資の進出に対抗しようという計画がありました。私は、何度か書きましたが、都内のホテルで初めてと言われるシャンパンバーの立ち上げに係わりました。結果は日商5万円だったラウンジが日商30万円のシャンパンバーの変わりました。Bさんの中華料理のお店も改装に入り順番に3階にあるレストラン階は改装されて行きました。その時に、変な噂を耳にしたのです。各レストランバーはデザイナーや施工業者は会社が入札して決めるのですが、、、私の担当したシャンパンバーはイラン人のデザイナーが担当でした。その下の階のラウンジもイラン人でしたので、パピルスを用いた大きな球体や照明器具でデザインされていました。ところがこのBさんの中華料理店だけは日本人のデザイナー事務所が担当しました。デザインは今でも当時のままですが、その後多少、手が加わったかも知れません。しかしどのレストランも外国のデザイナーを使うのに、おかしいなぁ?と思いました。ある時、その中華のレストランに顧客がきたのでワインのサービスに行きましたら、古くからいる年配の配膳スタッフの情報通の方が私にこう耳打ちしてきました。「ここの改装の時にね、日本人のデザイナーを使ったでしょ!B料理長の知り合いの事務所でね、改装費が約〇〇万円かかったんだけどね、Bシェフがね、リベートとして●●万円ピンハネしたんだよ!」と言いました。「それでね、この絨毯を良く見てよ!▲▲●●のマークが入っているの分かる?」と言って絨毯を見ましたらその▲▲●●のマークが入っていました。実際はこのマークはきちんとしたデザインのマークですが、このマークはBシェフの名字をデザイン化したものでしたので「あっ!」と驚きました。そのスタッフは「もうBシェフはね、やりたい放題、し放題なんだよね、ここは会社のお店なのに自分のお店と勘違いしちゃってるんだよ!」と教えてくれました。現在はそのマークは残っているかは分かりません。

さてさて、少し偉くなると人間は、こう、何か?勘違いしてしまうものなんだな。と思いました。常々、いい人だと思っていても、又、実力があっても本心、心内はわからないものだとつくづく身に染みました。お金に汚いこと、会社を私物化すること、ちょっと残念です。偉くなると忘れてしまうこの言葉「実るほど頭を垂れる稲穂かな」大事ですよね。

仙人は教えてくれました。人間の心は外からは見えないようになっている。その通りです。実際に今、私やあなたの目の前にいる人の心は読めませんし何を考えているのか分かりませんね。反対に分かったら大変なことになってしまいます。

人相とか手相とか占いとかやっている人も本当のことはしりません。ただし過去、遠い昔、人相を見ればどんな人物か分かってしまう時代がありました。分かっては困るのでベールで隠したのです。思い当りますか、今でもその名残りでベールを被る民族がいますね。

歴史は自分の都合の良い様に書き換えられてしまうそうです。

話しを基に戻しますが、私の関わってきたコックさん、板前さん達は、皆さん個性的で色々な方がいましたし、現在もいい板前さんと働いています。でも何でそういった個性のある方、強い方達と出会うか分かりますか?それは私に人生を教えてくれる為に現れてくれているのです。ニールさん、こんな人いますよ!あんな人いますよ!それをみてニールさん、あなたはどう思いますかって。

今度、以前勤務していたホテルに行ったら、中華料理のレストランの絨毯を見てみたいと思います。

梅雨明けは暑そうです。ご自愛ください。

 

By ニール