NAGASAWA Magazine|ながさわマガジン

ワインバトラー・ニールのライフワーク Part 34

20代から30代、頭角を現す

フランスワインマップから勉強
フランスワインマップから勉強

 

「20代後半から30代、頭角を現す」

 

紅葉は未だ少し続いてはいますが、日に日に寒さが増してきました。

11月号では20代前半で私がソムリエになりたかった、ソムリエになった切っ掛けを綴らせて頂きましたので今回はその続編となります。

大学を卒業して横浜のホテルに勤務して2年後、先輩の紹介で東京のホテルへ転職しました。新しいホテルは都心の一等地で客室が900室、9つのレストランバーと3つの大宴会場、2つの中型宴会場に4つの小宴会場さらにはプールや会員制のバー、日本一高い場所に囲碁サロンを配した当時は最新のホテルでした。

私はここでソムリエとして勤務を始めましたがもちろん一番下からの出発でした。上司になった方は都内の一流ホテルから移籍してきた方が多かったので毎日が勉強となりました。しかしながら何をどう勉強してよいのか分かりません。何故なら日本にはようやく一部の先達の方達が起こした社団法人ソムリエ協会というものがありましたが、こんなことを言っては何ですが教本(教科書に準じるようなもの)もなく手さぐりでの勉強だったのです。

初代、ソムリエ協会の会長の浅田勝美さんが書き下ろした「ワインの知識とサービス」という本が唯一の日本人が書いた本しかなかったように思います。冊子らしいものとしては、フランス食品振興会が出している薄いフランスワインとリキュールの解説本があったくらいでした。本というのは実際、教科書の様なものでないと勉強の進め方が良く分からないと思います。横浜に勤務していたころは何となく「世界の銘酒辞典」という本のワインの欄を観ていましたがボンヤリした勉強の仕方だったと思います。

基本のノート作り
基本のノート作り

さてここからワインの勉強のきっかけを作る機会になったことをお話したいと思います。レストランの休憩時間中にワインを揃えたり、納品されたワインを検品した後、必ず休憩の時間がありました。この時は、上司達がワインの話しをし始めます。その時に、その場にいてその話をジッと聞いていないといけません。特に私はそうでした。この話の内容に付いていけないとダメな訳であります。

例えば、「今日はブルゴーニュの一級畑に話をしようか?」なんていう会話になるともう付いていけません。特級畑は有名ですから当然、何処の村に何個あって面積の広さ、1haあたりの収穫量や有名な生産者くらいはスラスラ言えないとダメなのに、それさえ満足に言えない私に、その下の一級畑というのですから、ちんぷんかんぷんです。「じゃあ!今日はシャブリ(ブルゴーニュの北に位置する辛口白ワインの有名産地)の一級畑でいいや、そうしよう!」なんて簡単に言います。するとまず、「シャブリの一級畑だとフルショームとかいいよね」なんて会話が始まった途端に私を一緒に横浜から連れてきてくれた先輩は、そのシャブリの一級畑をまるでお経を唱えるが如くスラスラ30個以上、言いました。又シャブリの法律が他のブルゴーニュのものよりも緩慢だとか、平気で話始めます。私は「あれっ?横浜で一緒に働いていた時は、こんなに詳しかったかな?」と思うほど、兎に角ワインの知識が豊富なことに驚かされました。後で、その先輩が教えてくれました。「横浜にいた時はさ、周りにワインの話しをしても分からない人ばかりだったからね、今はワインの話しができるから自分の知識も確認できるし、他のソムリエの技量も分かるから面白いよな!」って言ったと同時に「おまえはさ!未だ勉強が始まったばかりだから仕方ないけどさ、あの、俺たちが話している場に、何も知らなくても、そばにいて聴いていなくてはいけない、分かったか?」と言われました。又付け加えてこうも言いました。「おまえの1つ上のNがいるだろ!あいつは話が始まると、フッと何処かへ消えてしまうだろ!あいつはバー出身でワインの勉強は未熟でその場にいれないのだよ!」とも教えてくれました。

それからは1年位は、話の内容に付いていけなくて、本当に苦痛な日々が続きました。「マルゴー村の法律で縛られる他のエリアの産地は?」「サンテミリオンを名乗れる、サンテミリオン以外の村名は?」「ムートンの1945年ラベルはどんな意味があるの?」こんなマニュアックな質問がことあるごとに出てきます。はっきり言ってお手上げでした。ソムリエ認定試験は24歳の時に取得しましたがそんなレベルじゃないんです。

では何故、こんなにレベルが高いことばかり、上の者から質問されるのか?というと、ナンバー2の上司は全国最優秀ソムリエコンクールで2位の実績があり、私と横浜から異動移籍してきたソムリエは6位に入賞、もう一人の先輩は、当時、優勝した上司の元で働いていたので、知識のレベルは非常にというか異常に高かったからです。

レストランでも、ある日、知らないチーズ(フロマージュ)が、ポンと出てくることがあると、「このチーズは、栗の葉で包まれたバノン」だってすぐに私の先輩は言いました。その頃はチーズも限られた銘柄がディスプレイされただけでしたから珍しいものが出てくると、普段から勉強しないと分からない訳です。どうしても越えなければいけない壁が反対に見え始めました。それは洋書の購入でした。今では潰れてというか移転したのかは分かりませんが、銀座に「イエナ」という洋書を専門に扱う店があることを知りましたので直ぐに買いに行きました。アカデミー・デュ・ヴァンが出している本や産地や法律が網羅している本を片っ端から買いあさりました。英語は兎も角フランス語も知らないのに買った訳です。今でも実家の本棚に蔵書として残っていますが・・・。

25歳からは本格的に勉強するために休日は殆ど勉強に当てました。当時は横浜に住んでいましたが卒業した大学の図書館は、卒業生が使って良いということでしたので休日は9:00~17:00まで図書館にいました。主な作業としては、ノート作りです。

ブラインドテースティング試験
ブラインドテースティング試験

栽培、醸造、エリアごとの法律を丁寧に整理しまとめ上げます。それを約3ヶ月でフランスのワインでまとめました。その他、ブランデーやリキュールを、又、伝統的な地方料理、チーズをまとめまして合計4か月、ノート作りに費やしました。後はひたすらそのノートを暗唱暗記に努めました。私は学生時代地理が苦手でしたので本当に苦労しました。暗唱復唱できるまでひたすら書き続けました。今でもそのノートは実家にありますが約50ページのノートが5冊です。

 

会社に行くと、例によって先輩から質問されますが段々、答えられるようになりやがて同じくらいの会話ができるくらいになりました。そうすると面白いことに、今度は相手が知らないことも自分が質問している立場にいつの間にかなっていました。

1987年、第六回ソムリエコンクールに初めてエントリーしましたが、東京の予選を無事にクリアーしました。その後、準決勝の時はコンクールに対する準備不足で、決勝に進む6人には残れませんでしたが、後で主催者に聞いたらもう一歩で決勝まで残れたのにね!残念だったね。と言われました。

その時の結果は、私の上司は見事、優勝と3位になりました。そして何とか入賞した私がいました。世間のソムリエ仲間から私達の勤務しているホテルは優秀なソムリエを排出する名門ホテルとまで言われていました。

 

さて職場に戻ると、優勝者と3位になったソムリエの上司は周りから凄いねと言われましたが、私は反対に若いのによくやったねという人もいましたが、生意気だとか鼻高々にして慢心していると陰口を叩かれている方達の方が多かった様です。

それくらい妬まれました。上司からもこう言われました。「ソムリエはね!ワインのことしかやらないから、お前みたいに若くして入賞するとヤッカミを言われたりするから今後はもっと実力をつけなさい」と。上司は立場が良く分かっていますから励ましてくれたのが唯一の支えとなりその後、私は36歳までコンクールにチャレンジすることになります。

 

人は面白いもので、極端な話、恨んだり、憎んだり、嫌ったりすることは平気で出来ます。折角、入賞して徐々に業界でも頭角を現し始めた矢先でも、やる気やチャレンジ精心を折ろうとする、反対するものが現れます。

仙人との出会いは30歳の時でしたがそれまでは、そんな世間に嫌気すら思っていましたが、仙人は優しく諄々と説いてくれました。

「反対する者が現れる時それは反対の風が吹いている。凧ならばその風を受けて高く舞うのだ!」「そう思ってろ!」位が気持ちで居ていいんだよって。

続けてこうも教えてくれました。「誰かが何か昇進や昇格した時に素直に、おめでとうと言えないなら、やがてその人は、昇進や昇格が出来ない。若しくは一段高見に上がってもやがて落ちてしまう。高いところから落ちれば怪我も酷くなる」」人がそうなった時、素直にお祝いできる人になりなさい。自分もそうなりたいと思いなさい」と教えてくれました。

 

生活の中で、 恨んだり、憎んだり、嫌ったりすることは ありますか?ありますよね!誰だって。その念は消えて無くなりません。仙人は、「着物が汚れたらどうしますか?」と皆さんに聞きました。話を聞いて居た私の様な方達は「ハイ!洗濯します!」「では、体が汚れたらどうしますか?」と聞かれます「はい!お風呂に入って洗います!」では最後に「心が汚れたらどうしますか?」と聞かれます。

あなたの返事は、どんなお返事でしょうか?

冬の強羅大文字
冬の強羅大文字

いつかこの返答を綴ることが出来まで、Nagasawamagazine のワインバトラー・ニールは続きます。

来年も宜しく願い致します。

by  ニール