NAGASAWA Magazine|ながさわマガジン

ワインバトラー・ニールのライフワーク Part 3

粗相

30年前の私の出発店となったホテル
30年前の私の出発店となったホテル

レストランなどで、「粗相」というのは、所謂、サービス中にゲストの衣服や持ち物にワインを溢したり、将又、ぶつかって何かを掛けてしまったりすることを言うので、まぁ、業界用語では「ぶっかけ」などと呼ばれています。

幸い、私の30年間の中のサービス経験では「ぶっかけ」はありませんでしたが、多くの事例を見てきました。

そう、30年前の出来事です。

あるホテルのダイニングで、未だ入社一年目だった私はウエイターをしていました。そのレストランはホテルの最上階にあり、半観光地的要素も加わって、いつも満席でした。

また、サービスも古かったので、料理は、今でこそ、皿盛りで出てきますが、すべてがゲルドンのサービスでした。

ゲルドンのサービスというのは、主に、料理はプラッターに盛られ、サービスは、最終的にゲストのテーブルの前にワゴンを置いて、そこで、黒服と呼ばれるタキシードを着たサービスマンが盛り付けを完成させます。演出効果があってかっこいいのですが、一部、料理が冷めたりすることや、料理人がデシャップで手で盛った方が綺麗なので今は殆どやらないと思います。

やっても、ローストビーフのカッティングやクレープシュゼット等の時は、ゲストのテーブルの脇でやるかとは思います。

業界用語がわからないといけませんので、「デシャップ」とは、調理場で料理を仕上げて、ウエーターに暖かい料理や冷たい料理を受け渡す場所なので、盛られた料理皿が完成して、上がってくるところなので、ディッシュ・アップするところとなりますので略して「デシャップ」というようになりました。

皿盛りの料理も一応、ゲストの前にゲルドン(ワゴンという方が分かりやすいですね)を寄せていったんそこに下してから、サービスしていました。

その中でオニオングラタンスープは、料理場で、グツグツ煮立ったものを、さらに、薄いバケットを入れてサラマンダーで焼いて、あっつあっつをワゴンまでウエーターが運び、ワゴンに乗せてゲストの食卓へ提供しさらに蓋を開けて、パルメザンチーズをお好みの量だけ振り掛けて提供していました。

昔は、先ほどのタキシードを着た黒服がオーダーをとり、モンキーコート又はベストを着たウエーターが料理を運び、黒服がワゴンの上で料理を仕上げたものを一緒にゲストに提供していました。

今では、ほとんど見かけないスタイルです。

このサービスの仕方を、シェフドラン(黒服)とコミドラン(一般ウエーター)がやりますのでシェフ・コミスタイルと言いました。

勤務のシフトにもよりますが、レストランをだいたい3分割くらいにして、3人の黒服がシェフドランをやります。その3人がウエーターを指名してコミドランを決めます。人間のやることですから、仕事の仕方や速さには当然、違いが出てきます。

終戦後兵士を載せて帰ってきた氷川丸
終戦後兵士を載せて帰ってきた氷川丸

ある日のことです。

多忙を極めた金曜日のディナー時にそれは起こりました。

私は、ちょうど、料理を調理場へ取りに行くところでした。すると、レストラン(当時は120席)の中央あたりで「ギャッ!」という異様な女性の声がしました。聞きなれない声でしたし、私も忙しかったので、気にしないで、料理場へ行き料理をゲストに運んでいきましたところどうやら先輩のウエーターがゲストの背後から、アツアツのオニオングラタンをかけてしまったのです。

椅子は、当時40万円する背もたれがしっかりしたものでしたので、ちょうどゲストの背中と背もたれの間に落ちてしまったわけであります。

普通、「熱い」とか「キャー」とか」そんな言葉で叫ぶんでしょうが、余ほどの熱さであったことと突然の熱湯掛けとなってしまったので「ギャッ!」ということになったと思います。

 

そしてその女性は、WCへラウンジにいた女性スタッフにて応急処置後、救急車で搬送されました。

女性と同席していました男性は、その日、一緒に部屋に宿泊しており、部屋にも伺ったのですが部屋は誰もいませんでした。

そして、2日後の夕方、その女性と女性のお父様がホテルにご来館されてその父親の方から火傷(第2度状態)の慰謝料として300万円の要求がありました。その時のホテルの総支配人は優れた人物で、その短い時間の中ですべてを調べあげておりました。

 

その女性は、既婚者であり、ご主人は当日、出張をしており、食事をしホテルに又ご宿泊予定であった方(当日、居なくなった方も既婚であり)は、ともに、浮気相手であったことまで調べ上げていました。

しかしながら、粗相をしたのは、こちらのミスであることは事実なので、慰謝料は払うと言いました。

ただ、300万円を支払う代わりに事の顛末を、女性のご主人、また同席男性の奥様に、お知らせする予定である旨、話しましたところ、事態の報告をしない代わりに300万円の慰謝料は200万円減額され、100万円で示談となりました。もちろん慰謝料は事故処理で保険対応となりました。

街のレストランでは、もしかしたらこのような保険に入っていない場合もありますから、いざというときの保険は入っていた方がいいかも知れませんね。

 

女性も、「危ない火遊びで、火傷を負った」訳ですが、悪いことは出来ませんね!等と思いつつ、逃げた男性も意気地がないなとも思いました。

一方的にレストラン側が悪い粗相でもこんな場合もあるのですね。

勉強?になった経験でした。

 

さてこの頃、サービスを現場で実体験しながら、一方ではワインの勉強を始めました。

その頃は、日本ソムリエ協会を立ち上げた浅田勝美さんの著書「ワインの知識とサービスという本とフランス食品振興会(sopexa)から出ている「フランスワイン」という本しかありませんでした。本のことは又次回記しますが、ワインの勉強は地理の勉強に似たところがあり、地理が不得意な私は苦労しました。

現場では、ワインに精通した上司がいてアイドルタイム(休憩時間)に良くワインのことで相談にのって頂きましたが、なにせ、レベルが違いますので、言われていることが良く理解はできなかったのが正直なところです。

しかしながら良く理解できたのは、料理とワインの組み合わせの基本が身についた第一段階であったようにその頃を邂逅の念をもって振り返ることがあります。もう30年も前でしたがその上司が簡単に説明してくれました。

味が強い料理にはコクのあるワイン。淡い味わいならば、軽快で飲みやすいワイン。

食材が獲れたり料理に地方名が入っているならば、その地方のワインに合わせるんだよと。

誰か質問はある?との問いに当時、生意気だった私はこう質問しました。

「ワインリストの中に日本のワインがありますが、例えばこの日本の赤ワインは今、教えて頂いた中にはあまり当てはまらないと思うのですが、どんな料理にどうやって説明して合わせるのか教えて下さい」と。

当然、答えに窮すると思っていたのとは裏腹にすぐに、次のように答えて頂きました。

「この日本のワインはカベルネソーヴィニヨンが主体で出来ています。すなわち味云々よりも、その編を鑑みると、柔らかい味とは言え、ボルドータイプと判断できます。

したがって、ボルドーをお勧めするニュアンスで、日本のボルドータイプを目指したワイン造りをした味と説明すれば良いのです」とあっさり答えて頂けました。

この方はその後、会社を辞めて独立しますが、今もワイン業界で活躍されていると聞きました。

当時、ワインを売ることは出来ても本当の知識を有する方は少なかったように思う中で数少ない本物のソムリエとの初めての出会いでもありました。

30年前には想像できなかった現在の横浜
30年前には想像できなかった現在の横浜

ニールの正体

ここまで拙い文章を長々と綴ってきましたが、故意に長くしました。

 

それは、ここまで読んで頂きました方にはお知らせしたいことがあるからです。ニールは、以前Nagasawamagazineにワインのことで綴っていた人間と同一人物です。

 

年末から年始にかけて私の本名を追う者が現れて、監視するかのような行為をされたため永澤さんと相談の結果、本名は伏せることにしました。

 

ワインバトラーとは、未だソムリエという呼称が定着していなかった頃、ソムリエのことをワインバトラーとか、ワインスチュアードと呼んでいたのでその頃のワインバトラーという呼び名を使い、また、ニールというのは、私が個人的に好きなアメリカのドラマ「ホワイトカラー」の中のマット・ボマー演じる「ニール・キャフリー」というキャラクターから取りました。

一部の方には、ご迷惑をお掛け致しましたが今後とも宜しくお願い致します。

by ワインバトラー・ニール・2016・3・26