NAGASAWA Magazine|ながさわマガジン

ワインバトラー・ニールのライフワーク Part 20

ギブ・アンド・テイク

義理人情の世界

しばらく、ワインの話から遠ざかっていましたのでワインのことでは今回はほんの前半のみ少し綴ろうと思います。

 

ホテルのレストランや高級レストランのワインの値段というのは実は、原価(仕入れ値)がおよそ3割くらいに設定されています。簡単にご説明しますと¥3.000で仕入れたものは¥9.000前後で売られます。

ホテルですとサービス料と消費税が加算されますから約¥10.000くらいになるわけです。ここで日本の流通の仕組みについて少し触れて置きます。ワインは生産者から出される時の価格が所謂、蔵出し価格となります。(専門用語で,イーエックスセラーと呼びます)ここに運賃やら関税等がかかり日本に入ってきます。

この時、日本側では輸入代理店というのがありましてそこの輸入代理店を通して販売されたりします。ホテルのレストランの場合、この輸入代理店から購入することはありません。さらに卸し問屋を通して販売されますから、ホテルやレストランではここから仕入れる値段がホテルの原価となります。この同じものをデパート等で買うとこの問屋の価格に原価の半分くらいは載ってきますから¥3.000で仕入れたデパートは¥1.500がのってきて¥4.500くらいで販売されます。(場合によりますけど・・・)現在ではインターネットで様々なサイトがありますから、そこでも購入はできますがやはり問屋さんが最安値ですかね。

私が都内のホテルでシェフソムリエになった時、色々な方達がワインを売り込みに来ました。もちろんこの輸入代理店のセールスマンたちです。本来ならばホテルの部署で購買部とか用度課等がありますが、そこの担当者を通して入ってきますがノルマを上げたい方達は各社の試飲会を通して名刺交換しますから直接、現場に売り込みに来るわけです。

私は、父親が映画関係のセールスマンでしたので、その苦労は知っていましたから、そういう方達を大事にしました。特に日本初輸入のワイン等、とても売り込むのが難しいものを扱って下さいと頭を下げにくるので可愛そうになり、相手にしてあげたというか、できるだけホテルと言うフィールドで使えそうな部署を見つけて仕入れてあげました。

2年くらいたったある日のことでした。

問屋のI(アイ)さんが「是非、私に会いたいから私に同行して頂けますか?」とある、輸入元のメーカーさんからの呼びかけがありました。通常ならば、外部との接触は余り宜しくないので断るつもりでしたが「どうしても!」とせがまれたので仕方なく行きました。

Iさんはその頃は「I会」という業者の集まりを年に一度やっていて、ソムリエとして招かれたのは私ともう一人、Oさんという方だけいました。I会に初めていきましたらその問屋のIさんが私にこう言いました。

「あんたは義理堅いそうじゃないか!俺はあんたみたいな人が未だ居たなんて思わなかったよ。良かったら今後、俺とも懇意にしてくれないか!」と言って来ました。

私は「これはまずいな!」と思いましたが、私にも私なりのやり方があるので「分かりました」と了解しました。

一か月くらい経って、Iさんから連絡があり、「釣りが趣味なんだって!じゃあ今度、一緒に、片貝に行こう!」と誘われましたので行きました。

しかしながら「あなたは、私達からみたらお客さんなんだから迎えに行かせる」と言ってきたので、「それは、良いです。自分で行きます」と答えたら、「いいから任せなさい」と言われたので、素直に受け取りました。そうしました当日、早朝4時にある業者の方が自宅まで迎えに来て頂けました。釣りは楽しみましたが帰りも送るというので、申し訳なく、送迎してくれた業者には、わずかですがお車代として渡しましたら、「Iさんに知れたら大変ですからいりません」と言われました。私はIさんには言わないから受け取りなさいと言いましたが、どうしても受け取ってくれませんでした。

後日、Iさんから電話があり、「あなたは今まで皆の荷物を本当に心良く納めてくれているので、うちも感謝している。だから余計な心遣いはいらない!」と諭されました。

荷物とは問屋に眠っている各輸入業者のワインのことです。売れないで倉庫に眠ると荷物になるのでこう呼びます。

それからIさんに気に入られたのか事あるごとに「今、Sがこれこれ、こういうことで困っているんだが何とか面倒みてやってくれないか?」とういう風に相談を受けました。

私は、全てが自分で引き受けられない時は、知人を紹介したりして何とかしてあげました。40代前半のころがその全盛期でした。そのうちに、各輸入業者の方達も、個人的に電話してくるようになり、もちろん私が、困っている時も反対に協力してくれたり、情報を頂いたりして、持ちつ持たれつつの関係になりました。ただし、飲みは別!飲みに行きましょうというお誘いがあると必ず割り勘にしました。でも、割り勘ではなく相手がどうしても払うという時は御馳走様になりましたが、次回は必ず、自分が払いました。やってもらったらやってあげる。

ギヴ・アンド・テイクを貫きました。テイク・アンド・テイクは絶体しませんでした。

そんなところがIさんに気に入られた理由なのかも知れません。

しかしながら私が天塩にかけて育てたソムリエが一人いました。その子は同じホテルでは働いてませんでしたが、グループホテルのソムリエとして色々と面倒をみました。

私の直近の後輩の友達でしたが、都内のあるホテルで勤務をしていましたが、20代後半で年収が200万円そこそこで、従業員食堂代が500円、いつもマクドナルドで昼食を採っているのでとのことでしたから、可愛そうになり、うちのグループホテルに推薦して引き抜きました。兎に角、その頃は、勉強熱心でしたので何年か経ったある日のことでした。

急に携帯に電話があり、「今、どこですか?」「あ~御徒町でS社のHさんと居酒屋で飲んでるけど・・・」と言いましたら「近くにいますから行ってもいいですか?」というので「構わないけど」と言ったら、本当に来ました。

来て、挨拶もそこそこにしたかと思うと、自分の食べたいものを注文しガツガツ食べたり飲み始めたりしました。その時、私は「しまった!こいつに業者との付き合い方を教えていなかった」と直ぐに感じました。

飲むだけ飲んで食べるだけ食べて商談もせず、会計で財布を出す素振りも見せず、ゴチになります!というような感じで、「また宜しくお願いします」と言って帰りました。私はこの子とは業者と飲食した時は二度と同席させて飲まないと決めました。

これでは集(たか)りやと同じですから。かといって後輩ではあるけれど、直近の後輩ではないのでということもあり、この子も規模は小さいけれど一国一城の頭でソムリエをやっていますからそういうことは自分で覚えなくてはいけないと考えたからです。

その後、この子はホテルを転々と渡り歩きました。私のグループホテルから抜ける時は、連絡がありましたが、その後、移った先は連絡もなく突然理由もなく辞めたり、義理を欠く行為を続け、私の前からも姿を消しました。

しかしながらつい先日、FBで連絡があり「どうしてますか?」「私は現在、あるワイン輸入会社のワインテイスターとして働いています」と連絡が来ました。

私は「よかったね!頑張ってね!」とだけ返して置きました。華やかなレストランという舞台の裏側では生産者やインポーターが汗をかいて、皆さんに良いワインを造ったり販売経路を模索して苦労していることを、ソムリエも本当に自覚しなくてはいけません。そこには又、色々とやってもらったら、反対にきちんとお礼として返してあげないといけません。

出来ないのなら付き合ってはいけません。そういう器でないことも自覚しないといけません。持ちつ持たれつ、挨拶に足を運んでくれるインポーターのノルマや努力を踏みにじってはいけないのです。

仙人は教えてくれました。「面倒をみて貰わなければならない時は、思い切って面倒を見て貰いなさい。そして面倒を見てあげられる立場になったら、人様の面倒を喜んでみてあげなさい!」「貰うばかりで与えることを知らないと大変なことになる」と。

子供だって生まれた時は、親に面倒をみて貰うのです。そして立派になり成人して、反対に親が難儀する歳になったら、面倒は見なければならない。全てに於いて「ギヴ・アンド・テイク」の精心は付いて回るのです。こんな「ギヴ・アンド・テイク」という言い方は冷たいと言うのであるならば、言い換えますと、義理人情には薄いより厚い方が宜しいということです。

ワインの世界を飛び越えて相手を思いやる気持ちが強ければ強い程又、もっともっと飛躍して考えたならば、世の中はその方が円満に収まると思うのです。

そうしたらミサイルは日本上空は通過しないかもしれませんね!

「飛躍のしすぎか?(笑)」

 

by ニール