NAGASAWA Magazine|ながさわマガジン

ワインバトラー・ニールのライフワーク Part 19

夏の終わりに

副題「偶然ではない必然の世界」

箱根大文字花火と送り火
箱根大文字花火と送り火

夏の風物詩と言えば、何でしょうか?皆さん個々に思い出されることがあるかとは思いますが、私、個人として挙げられるのは、まずは「花火」です。

 

花火・・・

皆さんは花火を観に行かれる立場だとは思いますが、私は社会人になってからこの花火は、観るとか鑑賞するとかいうのではなく、花火の見えるホテルで常に働いていました。

これは何かの定めなのか?最初に入社したホテルは横浜の山下公園の前のホテルでしたので花火大会が毎年2回あり、その時はスタッフ全員総出でサービスに当たりました。

レストランの真正面で打ち上げれれる花火は本当に荘厳でしたが、客室もレストランもこの花火を観るためにゲストが来館されていますのでレストランは3回転して、次から次へ来られるゲストの対応にてんてこ舞いでした。窓側のサービス担当にされるともう飛んでもないくらい忙しい。

また花火が始まると一旦、食事が止まってしまいますから料理の提供のタイミングもズレてきますので、リズムに乗ってサービス出来ません。毎年、夏が来るとホテルの最上階からよく山下公園を見下ろして溜息ばかりついていたのを思い出します。

次に移ったホテルも浅草のホテルで、隅田川の花火大会用に設計されていて隅田川に平行に建てられましたし窓も少し空きました又さらに屋上からレストランやバーに音が集音できる設備まで付いていました。しかしながら浅草では、横浜時代の花火大会の経験をしていたので、それが役に立ちました。

横浜と浅草のホテルは従業員用エレベーターが2基しかないので、花火大会が始まるとどうなるか知っていましたので(殆どルームサービスに占領され階下とは行き来できない)頭を使って作戦?を考えないと行けません。

浅草ではメンバーズバーに勤務していましたので、あらかじめゲストの抽選を行いました。その時のマネージャーは、花火大会の恐ろしさを知りませんから、私はもう一人の主任と相談して、あらかじめ予約が決まっているのだから、食事(おつまみ)等も、先に顧客に電話して、お寿司やピザ、その他諸々、花火が始まる前に用意して、28階から近い27階のレストランにリザーブ(取り置き)してもらうようにしました。作戦は大成功で営業もスムースに終了して難を逃れました。レストラン(中華、フレンチ、お寿司、コーヒーショップ)も1回転だけにしたので難を逃れました。

難とはここではゲストのクレームです。

例えば料理が遅いとか、冷めてるとかそんなことになります。翌日、報告書をまとめて上司の支配人に提出しに事務所に行きましたら、ルームサービスのマネージャー(新宿のセンチュ●●ハ●●●ト出身で私と同じ24歳)が泣いていました。

何故かと言うと花火大会の日の恐ろしさを知らず対策を立てずに、アントニオ猪木のストロングスタイル(裸でパンツ一丁)で臨んでしまい(無防備と言う意味です(笑))、ルームサービスの電話は鳴りっぱなし、エレベーターは来ないから運べず、宿泊者ゲストからの大クレームの嵐で、こんなんじゃチェックアウトにお金を払わない、冗談じゃない、二度と使わないなど翌日もフロントもゲストから罵声を沢山浴びせられ、支配人に「お前なんか死ね!」くらい言われコンコンと説教をされていました。

そこへ遭遇した私は、支配人から「見ろ!メンバーズバーはもう報告書をきちんとあげているし完璧な対応だった、なのにお前(ルームサービスのマネジャー)はなんだ!このざまは!」という言葉を頂きましたが、なんともバツが悪い感じでした。

あ~横浜での体験は活かせてよかったとつくづく思いました。その後、赤坂にあるホテルに行きましたが、ここも今は高層ビル群が立ち並び花火など見えなくなりましたが、1986年の頃は貿易センタービルしか無くて東京湾花火大会が良く見えました。

ありゃま!また花火が見えるホテルに勤務かと思いましたがやはり上手に乗り切りました。同じような経験はするものだなぁとしみじみ実感しました。

そして中伊豆のワイナリーホテルに勤務したときも、収穫祭というイベントに駆り出されてディナーをする際、食事会のお魚料理とメインディシュの間にベランダに出て、ブドウ畑から打ち上げる花火を演出する手伝いをしたりもしました。人が楽しんでいる時に仕事をするのがホテルサービス業なのです。

その後、現在ではやっと箱根で強羅の大文字の送り火の際の花火をやっとお客さんとして鑑賞できる立場になりました。

左上・初島から見る水平線、右上・初島に行くイルドバカンス号

左下・グランエクシブ初島、クラブ中華料理

初島・・・

熱海からフェリーで25分くらいのところに初島があります。

東京のホテルに勤務していた頃、ゲストのある方が、エクシブの会員でしたので、ビシターとして、毎年、ここに伺いました。途中から先輩がここの料飲支配人となって家族お試しプランを使わせて頂くようになり6年位連続で毎年、夏は初島のグランドエクシブ初島クラブに行きました。

夫婦というよりは、家内の両親と義弟夫婦と甥っ子、姪っ子と6人で行きました。別にマリンスポーツをやるわけでもなく、釣りをするわけでもなく只々、ボーっとするためでした。広い空間でビール飲んで、DVDを見て、アミューズメントで陶芸やらパターゴルフやセグウェイに乗ったりして、夜は中華でディナー。贅沢なひと時を過ごしました。

大概は2泊3日します。初島は余り目立たない小さな島ですが、なかなかどうして異国情緒あふれるところです。

一番最初に伺った時はこのエクシブの中華でディナーを家内と頂きました。そうしましたらちょうど熱海の花火大会で、窓から花火を観ながら食事が出来ましたが、花火のことを考えるとちょっと複雑な気持ちにもなりました。朝食はブッフェでしたが品揃えも充分でしたので満足しています。

ところで「ブッフェ」というのは食べ放題のこととお分かりかとは存じますが、「バイキング」という方もいらっしゃいます。どちらが本当なの?というと、前者の「ブッフェ」が正解です。

元々、帝国ホテルで、食べ放題のレストランを日本で初めて作ったのですが、その時のレストランの名前が「バイキング」だからです。海外に行ったら、「バイキング」と言っても通用致しませんので、宜しくお願い致します。

 

さて何かしらしているともうお昼になりますので、お昼は、フェリーが着岸するところに色々な地元の漁師達が運営するお店が沢山あります。どこも美味しいですが、私達はメガ●屋さんに入ります。鮮度の良い魚の船盛りを注文、ワインなんてありませんからビールです。子供の頃はこんな贅沢はしたことがありませんでしたが、他にも生のイカ刺しや金目の煮付け等も美味しいですね。でもここで意外と忘れがちなアイテムとしては、こういうところで食べる磯風味のラーメンは何故か美味しいものです。

ここの食堂のおばちゃんに、初島はいいですね!と言いましたら、「そりゃ、夏はいいけど、冬なんか何もないし、人の住む所じゃないよ!」と言い切られ、家族でそうかも?と言いながら笑ったことを思い出します。

良いときもあれば、悪いときもある。何だか島の暮らしも大変だなと思いました。

確かに初島は海の中を通した水道管で熱海から水を供給してもらっています。

レンタルショップもなければ雑貨すら買いに行けません。

台風の時は、イルドバカンス号も運行しませんし、住んでみないと分からない不便は沢山あるでしょう。エクシブの会員で上級の方達はヘリで来たり、専用のクルージングボートで来ますから、台風とは関係ありません。羨ましい!

そしてエクシブの帰りは、決まって、箱根に行き湯本を通って宮ノ下まで行きます。

宮ノ下から国道1号線を外れ138号線、箱根裏街道を通って、御殿場のプレミアムアウトレットに行きます。

138号線を通る時、宮城野から乙女峠というところを通りますが、何となく、いつもこんなのんびりしたところはいいなぁ等と思っていました。

御殿場プレミアムアウトレット・・・

   御殿場プレミアムアウトレット
   御殿場プレミアムアウトレット

その名の通り、有名、著名メーカーさん達が出展している、アウトレットモールです。場所は広大な土地で、ブランドにもよりますがかなりの値引き率で品物が手に入ります。私は自分で欲しいものというのは殆どありませんが、5点以上買うと半額とかなるところもありますので、義母等は「遠慮なく買いなさい!お金の心配はいらないから!」と言われ、仕方なく?シャツや小物を買います。

家内は容赦なくここぞとばかりに買い捲ります。

女性は凄いです。

まぁ、でも、観ているだけでも楽しいし偶には、激安セールがありますから財布の中身は貧相でも散財してしまうのが現状ですね。

例えば¥4.000の値札に¥950とシールを観たら買いたくなる。「本当の値段っていくらなわけ?」というものが、ぽっと出ます。

来た時でいいや等と思っていると次回は必ずありません。

家内は私に、「今度とお化けは2度ない!」とよく言ってからかいます。

そいうすると一週間おきくらいには来たいなぁ!などとも思う訳であります。(笑)

 

さて、皆さんは「なんだ、今回は夏の思い出ばかり綴って、、、」と思われるかもしれません。

実はここからが本番です。

私の場合、いつも何気なく、こうだったらいいなぁ!と思ったりしていることが何年も継続するとそれが後振り返った時に、現実化しているということです。

花火はいつか鑑賞する立場になりたい!とずっと思い続けていました。

又エクシブ→箱根→御殿場で、毎回、運転していたら、私の場合、それが皆、その通りになっていました。

宮城野を通っていた時、ここはいいなぁと思ったら、今はそこのそばに住んでいます。アウトレットには定期的に行きたいなと思ったら、今は行こうと思えばいつでも行けます。裏道まで知ってしまいました。(そのころは渋滞が当たり前で抜け道ないのかなぁ?とまで思っていました。)

ナポレオンヒルの「思考は実現化する」?ではないですが、潜在意識に無意識に組み込まれたら、実現しています。

ある時、仙人が教えてくれました。

「この世の中は、偶然にできたのではないのだよ!必然で出来た世の中で、不思議のかたまりなんだよ!」と。

又、「念ずれば通じるように出来ている」とも。

色々な本を読んでみると確かにそういうことが沢山書かれている書物を見かけます。宇宙からのパワーとか、神様の働きを上手に貰うんだとか、ポジティブ思考が大事とか。自分にも何となくそんな力があたかもあるような書き方ですが、そんなに大げさではなくて、私の場合、振り返ったら、そうだっただけかもしれませんが仙人から教えて頂いたことは事実です。

最近、読んだ本の中に、面白いことが書いてありました。

「なりたい自分をイメージするのが大事なんだけれど、大概の成功している人達は、この思う力が凄い!でも面白いことに色々調べてみると、ほとんどが負や悪のイメージを活用している人間は往々にして強いのだ」と。

つまらない例えかも知れませんが、「こんなバカな上司にバカにされて、いつか見返してやる!」とか、

「女性に振られて、クソ!偉くなって俺を選ばなかったこと後悔させてやる!」とか、

そんな、負のエネルギーが強い、またそういう念が強いところから始まるのだと述べていました。

しかしながら、成功した後、失敗する方は、このままでいてしまうことが多いと注意書きがあり、成功したら、その負の強い念は、マイナスとして跳ね返ってくるので、成功者は成功してから、色々と今までに無かった文化的な慈善事業に取り組んだり、世の為、人の為になる勉強を始めると成功は継続すると綴られていました。

負のエネルギーを最初だけ利用して成功したら失敗になる反動を補う善の勉強をせよということですね。

心からボランティアして、ボランティア馬鹿になってしまい本人自身が貧乏したら元も子もないとありました。成功法則の本を読んで、本のオタクになる前に、足元を見ないといけない。世の中は、お金がなければ多くのことが出来ない。綺麗ごとなら誰にでも言えますから、その方はズバッといった分、凄いなぁと思いました。

稼いだら、世の中に還元する。

仕舞い込んだり溜め込んだりしてもやがて無理に吐き出され失敗する。

はてさて、そういえば夏の風物詩と言えば24時間チャリティーもありましたね。お金と言えば、チャリティーならスポンサー料とって広告出す必要あるのか?出演者のギャラなんていらない!とか騒いでいますが、皆さんはどう思いますか?

少し話が離れましたがあしからず。

 

ニールでした。