「匠の仕事場」 五十嵐 司 2

ウエブ・マガジン「Nagasawamagazine」に何度も登場している、”匠”だが、今回は彼の仕事場を覗いて見たくなった。
アトリエ(atelien)という言葉はフランス語だ。英語ではスタジオ(Studio)という。
主に画家、美術家、工芸家、建築家、などが仕事を行なう専用の部屋を指すが、洋服デザイナーなども当然この言葉で勝負している。
要するに、匠のアトリエは、洋服の仕立てる場である。
無駄に見えて無駄のない殺風景な部屋に、長いテーブルが匠の作品のベースエリアだ。
しかし、常に緊張感が走っている。
我々、取材する人間が立ち入りを許されたのは、親しいからではない。工程を覗かれるのはいい気分ではないはず。許しを受けずに、意地悪く、強引に扉を開けた。匠がいつも我々に見せている、顔は穏やかな、そして、優しさがにじみ出ているが、本当の心の底にある裏の匠の姿をこじ開けてみたかった。
想像を超えた、小さな空間がそこに存在していた、弟子は二人いた。
ともに、ファミリーに近い関係だ、1人は弟、もう1人は幼馴染と、話してくれた。
50年以上の付き合いになる、いや、もっと長い。
彼等が匠をサポートしている。
彼等の仕事は完璧に分れている、分業だ。
一人は、上着専門の菅家 三千男だ。もう一人は、パンツ、ズボン専任、五十嵐 正だ。
別に作業分担を決めたわけではない、勿論、特異不得意があるわけではない、自然に作業の流れがそうなっただけだと、二人は話す。
小さな作業場は、あらゆる物が散乱しているが、なにか統一感がある。
入り口の前の作業台には、40年ベテランの菅家がカシミヤの布地に鉄の棒状のようなものを当て、そのせんたんを金鎚でボンボンと叩いている。ボタンホールを開けているのだ。
よく観察すると、職人が布を台に置く位置、金鎚で叩くタイミングなどすべてが計ったように正確である。力の入れ具合も微妙だ。
金鎚で叩く際の手首のひねりが、気味が悪いほど同じタイミングだ。
菅家だけが使えるテクニックなのだろう。
勿論、パンツ専門の正が作業を行なう際も縫い方が悪ければ、納得するまで縫い直している、やはり、その道を歩んできたキャリアは凄い。
客が今、どうスタイルを作っていくかは、勿論、匠の役割だ。
オーダーメイドの服は、客があくまで細部にわたって注文しなければならないスペシャル・メイドを意味している。
匠はいう。
「出来上がった服を私は決していい服だと言わない、それは、この服をオーダーし、袖を
通した人がいえることだから」何気なく言う言葉の裏には自分に対する自信と、謙虚さが、
滲み出ている。
裏地、重要な部分は全てハンドメイドだ。
ハンドメイドで仕上げた服は全てにアジャストすることが、最も大切なのだ。
こうした服作りに徹している匠の精神がいま、失われつつある、残念だ。
小柄だが、鋭い目は絶対に服に関することには妥協はしないよ、と、語っている。思える。
しかし、優しい顔に戻った匠から、私の服を見て一度その服を私に預けなさい、さらりと言った、再生してあげます。
古くなった私のカシミヤのジャケットを預けろと言う、別に見苦しくはないと思っている私だが、言われたとうりに預けてしまった。
数日後、サロンを訪ねると、ショウウインドウに見慣れた、ジャケットが飾ってあるではないか、私のくたびれた服が再生されて新しい服に生まれ変わった。
作業場の二人に聞いた、内ポケット、袖口のボタン全て一度外して、新しく付け替えていたのだ、勿論そればかりではなく、再生された場所は分らないが、とにかく最終的には幾つかの工程をかけたことは確かだ。
ショウウインドウに飾られている意味が理解できた。
後でよく見ると、裏側の糸目の部分も縫い直した形跡が伺える。
フルハンドの凄さを見せ付けられた。
匠・五十嵐の、服はこうあるべきなのだという正しい姿は、”流石”という言葉しかいえない。
BOUTIQUE LOUVRE 港区西麻布2-11-10 TEL&FAX 03-3400-6721
文・取材・永澤洋二
写真 ・五頭輝樹