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ブルガリと私の回想録 第47回

ショップのVIPルームにおける防犯カメラの今と昔

― 時代とともに変わる顧客の意識とブランド側の姿勢 ―

街に氾濫する防犯カメラは平気ですか?

旧東京店・接客テーブルでの筆者。接客時は通常この明るさで、これに天井からダウンライトがテーブル上を照らす。
旧東京店・接客テーブルでの筆者。接客時は通常この明るさで、これに天井からダウンライトがテーブル上を照らす。

防犯カメラの映像がリアルタイムで覗き見できる海外サイトinsecamの存在が明らかになり、日本では4300台分の流出があるとか。TVアナウンサーが実際に現場でカメラに写っている映像がオンエアされるありさま。今や日常生活でカメラネットにひっかからずに生活することは不可能といえるほど、防犯カメラが氾濫する世の中になりました。

これを犯罪の抑止効果という観点からハイテク時代の先兵とみるのか、ロンドンのように膨大なカメラのネットワークで個人の行動が常に監視されるのはプライバシーの侵害と見るのか、これからも議論の続くところでしょう。

 

ラグジュアリーなブランドショップにはVIP用の特別室があるのがふつうです。

実は先日、LV仕様に改装されたブルガリのショップに行き、VIPルームに案内されていきなり目に入ったのが片隅の天井に設置された赤色半球型の防犯カメラ。旧ブルガリ時代からの生え抜き店長に「お客は何とも思わないのかな?」と思わず聞いたことでした。

究極の顧客本位姿勢とショップ防犯対策のはざま

ジャパン社設立当時のブルガリは世界を代表するジュエラ―として私たちの想像を超える顧客本位姿勢を貫いていました。日本流の「お客様は神様です」式にどんな客でもお客様扱いするのではなく、理不尽な値引き要求や無理難題を言う客は「顧客の範疇に入らず」と毅然としたNOの態度で対応。逆に、ひとたび顧客となれば、ショップを通じた永続的なお付き合いを前提として“神様以上”に対応するというものでした。(回想録6)要は、ショップは顧客と相互信頼の上に成り立っているというスタンスを明確に打ち出し、顧客もそれを当然と受け止めていたのです。

 

ブルガリショップでは、まず入口のドアマンがお客を入店させるかどうかを判断。施錠を解かれて中に入れば、現在のショーケースは一切なく、お客同士が見えないように配置されたテーブルでセールスとアシスタントが2人ペアになって接客するという販売スタイル。(回想録3)防犯上は2人の目がしっかりと見守るということで確かな効果があり、まして顧客と相互の信頼関係があり、防犯カメラの入りこむ余地などあり得ないことでした。階級制度が依然として強く残るイタリアで、このようなショップに出入りする上層クラスの顧客側からも、もしカメラが目に留まるようなことがあれば、違和感どころか背信感でショップからたちまち足が遠のくといっても過言ではなかったでしょう。

 

とは言いながら、ショップ側からは、高価なジュエリーを扱う以上、目視と信頼関係だけで安全は絶対に保てないというのがホンネです。この究極とも言える顧客本位姿勢が逆に積極的な防犯対策の大きなネックでもあったのです。

隠しカメラという裏ワザ、日本製の精巧さに本社びっくり

同、撮影用に明るくした接客テーブル全景、後ろのボード中央部あたりにカメラホールがある。
同、撮影用に明るくした接客テーブル全景、後ろのボード中央部あたりにカメラホールがある。

ここでブルガリが考え出したのが隠しカメラ。それも実に巧妙に壁に仕込んだ小型カメラでした。

顧客には絶対に見えない、見せない。

これなら顧客との信頼関係に水を差すことはない。

万が一見つかっても、ブルガリ顧客ならば納得すると踏んだわけです。

結果として、ローマ本店をはじめグループのショップで、顧客に気付かれたという話は少なくとも私の14年間の在任中には皆無でした。

 

ジャパン社が設立されて、当然ショップの隠しカメラは必須条件。ここでも旧東京店の建設監修・株式会社フレスコの足立社長(回想録5)が腕を振います。

スタッコと呼ばれる漆喰づくりの壁、或いは、ボードパネルのわずか1ミリ径の穴にはめ込まれたカメラのレンズから、バックオフィスのモニターに実に鮮明な画像が送られる。それまでのイタリアのカメラ用の穴はこれより5割ほど大きく、画像も粗い。日本のカメラの評判が流れるや、仲間のエリア総支配人たちや本社幹部が出張の度に東京店に立ち寄り、カメラの精巧さに目を見張ったものでした。残念ながら、このカメラシステムは小さなメーカーの手作りに近いもので日本限定。なおさら評判になったのでしょう。

カメラの功績とプライバシー

同、接客テーブル配置の一部。一番奥の個室(ドアが閉まる)、真ん中、手前と、それぞれがブラインドになっている。
同、接客テーブル配置の一部。一番奥の個室(ドアが閉まる)、真ん中、手前と、それぞれがブラインドになっている。

日本でもこのカメラに気が付かれた顧客は全くおらず、逆に、ショップとしては防犯上大いに助けられたものです。

 

接客テーブルの担当セールスが座る椅子の後ろのパネルのやや斜め上方、セールスの肩越しに客の顔と手元が見えるようにセットされたレンズ。普段のショップは明るく、関係者が見ればレンズの在り処はすぐ判りますが、接客時は照明を落とし、ジュエリーの美しさを際立たせるために、天井からのダウンライトでテーブルだけを明るく照らすために、顧客からレンズホールが見えるはずはありません。

 

ブルガリには伝統的表現で「カブ―」と呼ばれる金庫室があります。特に旧東京店には1トン爆弾でも破壊されない金庫があり、限られた専任者が常駐。すべての商品は小さな窓口を通じて出し入れするシステムで、店長以外は入室禁止。モニターはこの中にあり、チェックは専任者の重要な仕事でした。

 

次々と要求の多い複数の顧客や、一人でもマジシャンまがいの手の動きの顧客に、若いセールスをベテランに交代させて大事に至らなかったことは何度もあり、またセールスたちが裏に戻った間に、若いカップルが見せた想定外の行動など、一つ間違えばプライバシー問題にもなりかねないことまでありました。

すべてを変える時の流れ

本稿初めに登場の店長の返事はもちろん「いいえ」。

 

90年代後半、ブルガリではシルクやレザー商品の登場など商品の多様化と共に、ショウケースによる販売が常態化。当然のように顧客の層も、質も、更には感覚も変わり、隠しカメラの存在意義は薄らいでゆきました。

 

銀座などのラグジュアリーなブランドショップで爆買いの中国人。今や売上高の大きなシェアを占める客層に、デリケートな信頼関係を期待すること自体が時代錯誤というものなのでしょう。(続く)

2016年2

深江 賢(ふかえ たかし)