NAGASAWA Magazine|ながさわマガジン

編集長 永澤洋児
深江賢に聞く~回顧録スペシャル~
洒落おやじの青春取材記 工藤
特集記事 ANA

ブルガリと私の回想録 第46回

「イタリア」を語る3つのキーワード

― ステレオタイプな見方ではみえない前向きの姿 ―

その1 マンジャーレ( mangiare:食べる)

マンジャーレ(94.5 ストレーザでのインターナショナルコンベンション、再掲載)
マンジャーレ(94.5 ストレーザでのインターナショナルコンベンション、再掲載)

「その話は今日はこれで終わり。マンジャーレ! マンジャーレ!」

 

第一次高度成長期の70年代はじめ、当時担当のマンシングウエアがらみでミラノ郊外のニットメーカーに行った時のこと。朝から色々交渉を進めて午後にさしかかったころ、突然相手のオヤジが言い出したのがこれ。キョトンとしていると、同席の伊藤忠駐在員はあっさりと「続きは明日にして切り上げましょう。」要は、彼らにとって最大の関心事である食事に我々を誘ってくれているのは、この話にまんざらでもない証拠、ただ少し長くなるので覚悟が必要、とのこと。それから3時間ほどで4人が飲んだワインの瓶は確か9本。すっかり出来上がった後で、契約は成功。

これがマンジャーレという言葉を最初に覚えたキッカケでした。

そのころの伊藤忠ミラノ支店(現在の伊藤忠イタリア会社本社)の昼休みは1時間半。イタリア人の昼寝をするという生活習慣に十分配慮した勤務時間体制でした。その反面、終業時間はずれ込むわけですが、家庭の夕食の始まりが9時を過ぎてから、レストランでは10時から席が埋まり始めるとなれば、それも当然だったのでしょう。

現在は昼休みも世間並みなり、ビジネスランチは当たりまえ。ただ、夕食を楽しむことにかけてどこの世界にも引けを取らず、しかも外食好き。馴染みのレストランに子供抜きで友人や家族などが集まっては、夜遅くまで盛り上がるというすがたは昔と全く変わっていないようです。

 

ブルガリの総支配人会議の時でも、最初の頃の夕食スタートがやはり9時過ぎ。明日のためにもう少し早くということでやっと8時すぎ。レストランの一般的な夜の開店時間で、他に客がいないということもザラでした。

 

その2 カンターレ( cantare:歌う)

カンターレ(94.5 同、再掲載)
カンターレ(94.5 同、再掲載)

インターナショナル・コンベンションの食事の後のバータイム。グラス片手にピアノの周りやテーブルで、耳馴染みのアップテンポの曲に合わせて楽しそうに歌うのがイタリア・チーム。そのような場に適した曲が少ないわが日本チームは国対抗の歌合戦ではいつも歯がゆい思いをしたものでした。

 

この言葉がカーニバル・復活祭などのイベントや冠婚葬祭など、みんなで集まって大騒ぎする機会に結びつくと考えれば、イタリアを更に理解しやすくなるでしょう。そのイベントの最たるものが夏のバカンス。何をさておいても最優先で、一年をそのために働いているとさえ言う人も大勢いるようです。

 

さらに言えば、サッカーもこの範疇。

イタリアで最も発達した中世都市国家の愛郷心をベースにした地元チームに対する入れ込みは、他国のそれとは一筋も二筋も異なることはご存知の通り。その熱狂ぶりの原点はカンターレにあると解釈できないでしょうか。

その3:アモーレ( amore:愛/ amare:愛する)

「道を歩いている時に、イタリアの男の人がイヤラシイ目つきでジッと見るんですよ。 どうしたらいいでしょう?」

第1回のコンベンションで何人かの店長クラスを帯同した時のこと。初めての出張でもあり、仲間と勢いよく街に飛び出した若い一人の訴えでした。

 

ここ10年近くイタリアには行ってないので最近はどうか知りませんが、仕事をしていた当時は、確かに、男性は道を歩く女性を認めると、はるか向こうから見つめ続け、目の前を通り過ぎてからも目で見送る。一方、女性は凝視されているのを百も承知で、これ見よがしに闊歩して行く、というのがよくあるパターンでした。

 

世界が認めるオシャレな国、イタリア。男性も女性も年齢を問わずセクシー。特に女性は如何に美しく見せるか、見られるか、に努力を惜しまない。大ぶりのジュエリーを身に着け、胸元が大きく開いたブラウスでニュースを読むTVアナウンサーや、セクハラまがいのハグの習慣など、日本では大騒ぎになるようなことが日常茶飯事の世界。イタリアでは、男性にとっては、女性は愛おしむものとして常に護るべき対象であり、ヨーロッパ中世の騎士道精神が今に至るも脈々と流れている。一方女性の方は、男性に愛され護られて当然、とする感覚が強くあると言う視点もあるようです。

世界のファッションをイタリアがリードするのも、美しく見せるために常に自分を磨いている日常の積み重ねが結実したと言えるのではないでしょうか。

見習いたい“人生を楽しむ”と言う姿勢

アモーレ(97.5 ヴェニスでのコンベンション)
アモーレ(97.5 ヴェニスでのコンベンション)

たかが20年程度のイタリア会社でのビジネス経験で、イタリアについてモノ申すのは群盲撫象と承知の上で、ただ一つ、言わせていただければ、イタリア人は人間が生きるための基本行為であるこの3つのキーワードを通じて、“人生を楽しむ”という意識をそれぞれが持っている、という点です。

 

イタリアは政治、経済の中心の北と、太陽と自然に恵まれた南とでは、生活習慣にも、人情にも、大きな違いがあり、ローマを境にしてそれぞれは別の国とまで言われるほどですが、“人生を楽しむ”ことにかけては共通でしょう。イタリア人を茶化すステレオタイプなネガティブ表現が色々とある中で、同じ人生なら楽しむことを優先しようとするその気持ちは羨ましい限りです。

 

同じ第二次世界大戦の敗戦国ながら、イタリア人は他国人から上から目線でモノを言われるケースには、ローマ帝国時代に思いを馳せて、気持ちの上で一蹴するとか。片や日本人は、文芸評論家・江藤淳氏によりGHQの内部文書に基づくとして公にされたWGIP(War Guilt Information Program / GHQにより日本占領政策の一環として行われた「戦争についての罪悪感を日本人に植え付けるための宣伝計画」)のトラップからいまだ抜け出せぬ人多く、戦後70年になっても未だに自虐的国家観が蔓延っているありさま。もういい加減にオトナになって、「世界の中における日本」を観る目を持ちたいものです。

 

今年は穏やかな天候とは逆に、政治的にも経済的にも世界で波乱の幕開けとなりましたが、個人はあくまで個人。私たち日本人の謙虚さ、思慮深さという美徳は美徳として、自分の人生を楽しむという気持ちをほんの少しでも持つことを提案させていただきます。(続く)

2016年1

深江 賢(ふかえ たかし)