NAGASAWA Magazine|ながさわマガジン

編集長 永澤洋児
深江賢に聞く~回顧録スペシャル~
洒落おやじの青春取材記 工藤
特集記事 ANA

ブルガリと私の回想録 第32回

イベントの招待セレブから見えるブランドのキャラクター

 ブルガリ東京店(紀尾井町)10周年ではコラボ・イベントを挙行 

ブランドとセレブは相思相愛

イベント会場の入口付近に設置された小ステージで、次々とフラッシュを浴び、にこやかにポーズを決めるセレブたち。中でも新しいジュエリー・ラインの発表会では話題のタレントがそのネックレスやブレスレットを身に付けて登場、翌日のTVニュースにオンエアされブランドのPRに一役買います。

 

このようにブランドとセレブはまさに相思相愛。招待するセレブ次第で、メディアは頼まずともブランドをPRしてくれ、また、業界紙やファッション誌はこぞってイベントの紹介にスペースを割いてセレブの写真をアップします。一方、セレブにとってはどのブランドのイベントに呼ばれるかによって、メディアの扱いが異なり、ひいては、その業界価値に影響します。

 

セレブと一口に言ってもまさに多種多様。映画、TV、芸能のタレントやファッション界ばかりではなくスポーツ、評論家、著述業、政治家、更には文化人などなど、話題性のある有名人なら誰でもOKというわけで、自薦他薦はもちろん、プロダクション所属の場合はブランドへの売り込みが頻繁に行われます。

「ブルガリのイベントには華がない」

あの破竹の勢いのブルガリのイベントに何故有名なセレブがいないのか?

当時のブルガリはメディア泣かせだったようです。とにかく、入口で待ち構えるカメラマンの期待に沿うようなセレブが少ない。その一方、イベント会場の中に入ると、超大物が来ているという噂が流れているというわけです。

 

それには明解な理由が二つありました。

一つはイタリア本社のマーケティング方針として、ブルガリはあくまでジュエリーを見てもらうのであって、モデルとかタレントの手は一切借りないということでした。21世紀に入る頃までは、モデルにジュエリーを付けさせたポスターなどの広告は頑なに使わず、その発表会では、本社で決められたショウケースに展示方法まで指定してくるという厳しさで、ジュエリーを人の身に付けて見せるという発想は全くなかったのでした。

 

もう一つはジャパン社の方針です。

バブルがはじけた直後の大変な時期に、しかも後々発として、日本のラグジュアリー・ブランド界に登場したブルガリを市場に定着させ、欧米並みの評価を勝ち取り、更には業績を伸ばすには尋常な手段では先発組に太刀打ちできないのは明白。

それ故ブランド・ターゲットをファッションの世界に置かず、ビジネス社会で通用することに置き、怖いもの知らずに挑戦したものです。(回想録9)伊藤忠時代から昵懇の繊維関係の業界紙に目をつぶっていただき、とにもかくにも日経紙最優先。最初はなかなか相手にされなかったのが、徐々に日経流通紙から始まって本紙でも取り上げられるようになり、発表会には必ず担当部長以下の参加が常態になりました。

文化系セレブに固執したブランド・キャラクター創り

辻厚成さんとの雑誌対談(03.12月号バケーション誌・平成紳士陶友録)
辻厚成さんとの雑誌対談(03.12月号バケーション誌・平成紳士陶友録)

こんなわけで、ブルガリは顧客でもあり、また関係の深い評論家、著述家、芸術家など文化系の方々以外、セレブとされる有名人に声を掛けず、もし来られても、他のブランドがよくするようにステージに上げてスポットを当てることは一切なかったのです。

 

そこはブルガリ・ファンのセレブの方々も心得たもので、来場はあくまで個人ベース。カメラマンの待つ正面入り口を避け、早い目に裏口から入場。まだゲストの少ない間に展示を見て、あとは別室へ。

私どもやVIPゲストなどと歓談後は早めに退出、というのがよくある流れで、前述の噂は本物でした。いくら売れっ子のタレントでも、たとえ売込みがあっても、丁重に辞退させていただくなどで、お高く留まっていると陰口されることもありました。要は、ラグジュアリー・ブランドは万人対象に非ず。

ブランドの品格に固執したことは今でも正解であったと信じています。

東京陶芸家・辻厚成さんとのご縁が東京店10周年コラボに

旧東京店10周年イベントでのファサードのラッピング(01.9)
旧東京店10周年イベントでのファサードのラッピング(01.9)

そのような中の一人が東京陶芸家・辻厚成さん。97年頃からブルガリとのお付き合いが始まり、01年には個人的に自宅アトリエでの陶芸教室にお誘いをいただいたりしたものです。

 91年に紀尾井町に建設された旧東京店。(回想録5)丁度10周年にあたる01年9月に辻さんとコラボ・イベントを企画しました。人とのコラボにはあまり乗り気でない本社を当時のジャパン社の勢いで口説き落とし実施。辻さんのシンボル・カラーである鮮やかな「厚成紅(こうせいあか)」をモチーフに、特別に作品を創っていただき、当日はファサード全面を赤い布で覆いつくす一方、ゲストにはモチーフにちなんだ紅色を身に付けて来場いただくなど工夫を凝らしてイベントを盛り上げました。


同レセプションで挨拶する辻厚成さん(01.9)
同レセプションで挨拶する辻厚成さん(01.9)
イベントのための特別作品
イベントのための特別作品

陶芸仲間の素敵なコミュニケーション

手捻り陶芸の制作風景(03.9)
手捻り陶芸の制作風景(03.9)

辻さんは東京自宅のアトリエに電気窯を持つという数少ない陶芸家。

創作方式はろくろを使わず手捻り。
自由に形を創ることが出来ることもあり、教室では

教え上手な先生に乗せられて、最初は皿のような小物から始まり、後半は立体的な大物に挑戦。

03年から6年間、毎9月に「忙中閑」展という名の下、仲間たちとの創作発表会が国立近代美術館内のレストランで催され、各方面の友人を呼ぶなど、ひとかどの芸術家気分に浸ったものです。

アトリエの陶芸仲間たち(02.12月号BRIO誌)
アトリエの陶芸仲間たち(02.12月号BRIO誌)

01年スタート当時の仲間は、エルメス、ユナイテッド・アローズ、ブルーベル、中央公論社の代表や幹部の方々。隔週末、いずれも夫婦でアトリエに集い、午後のひとときを陶作に集中、先生の奥様の手料理を共にして解散という、多忙な仕事とは全くの別世界に没入出来た貴重な時間でした。その後、メンバーは異動などにより、バカラ、ジャガー、オーナー・シェフ、IMGなど。それぞれ業界は異なってもトップクラスの方々の話の内容には共通すること多く、実に有益なコミュニケーションでした。(続く)

201411

深江 賢(ふかえ たかし)

 

辻 厚成ホームページURL
⇒ http://www.kosei-tsuji.jp/