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ブルガリと私の回想録 第31回

『身体が触れる』ことでの カルチャー・ショック

- “ハグ”から思いを馳せた先にあること -

95年8月・British Airwaysビジネス顧客用PR誌掲載
95年8月・British Airwaysビジネス顧客用PR誌掲載

「東京では、エスカレーターに何故一段おきに乗るのですか?」

回想録29で少し触れましたハグすることから、この稿ではもう少し範囲を拡げ、タイトルのように、「人中で身体が触れあうこと」について、自身の体験と、そのほか平素から気になっていることを書いてみます。

 

かなり前のある新聞の投稿欄にこんな疑問を投げた関西の方がおり、ラッシュ時の混雑緩和にはもっと詰めればいいではないかとのこと。以来、東の左列乗り、西の右列乗りとは別に意識して見ると、確かに大阪ではエスカレーターの各段に一人づつきっちり。一方、東京ではどんなに混雑していても、殆どと言っていいほど一段飛ばしで乗り、誰もが当たり前と言うように行動します。

 

話は変わりますが、60年代後半、欧米に出張しはじめた頃のこと。歩道や駅構内で、身体が少し触れただけで Pardon とか Excuse me などと言われ、逆に、気が付かないままに黙っていると、何だ、こいつは! 的な目で見られ、大きなカルチャー・ショックを受けた覚えがあります。

 

NY郊外からマンハッタン直行の“満員”の通勤電車は、実は立っている人々の間を通り抜けるのに人に触れると言う程度で、日本人感覚から言えばガラ空き状態。一方ヨーロッパでは、ジプシーがうろつく歩道やスリが横行する地下鉄の例を出すまでもなく、必要以上に接近してくる人間は、何かを狙っているといって過言ではなく、お互いに身体が触れない程度の距離を保つことは日常生活の常識。朝の通勤ラッシュなど、人と触れることに不感症になっている、いや、ならざるを得ない私たちにとって、「身体が触れる」ことに対する彼我の感覚の違いを痛感したことでした。

 

冒頭の東京でのエスカレーターの光景は、多種多様な人々が生活するメガ都会の世界共通の姿を反映しているように思え、他方大阪は、これからどのように変わってゆくのか、或いは変わらないのか。現在の香港や韓国のように、地下鉄など列車の乗車時に人々が扉に殺到していた数十年まえの大阪で、今や東京と同様、ラッシュ時でさえ整列乗車が常態になった姿を見るとき、関西人の私としてはこの先興味津々といったところです。

同 表紙
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同 中ページ
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ハグとは『味方であること』を相手に知らせる有効な手段

人との身体の接触を避けるこのような欧米の日常生活を承知の上で、ハグの習慣を見ると、そのギャップは至って大きく、ハグをし合うことは、味方か、その他一般人か、を区別する極めつけの一線のように思えます。

 

日本人として私には当然ながらハグの習慣などなく、ブルガリでの生活に慣れ始めた当時はハグに対する大きな抵抗がありました。それをこの理解が取り払ってくれたのでしょうか。グループが推進してきたチーム・ビルデイング(回想録11)の概念が浸透するにつれてのハグ慣れでした。

日本要人の外国訪問時、卑屈にみえる握手シーン

ハグとまでは行かなくても、国際社会での挨拶に欠かせないのは握手です。

日本の要人が外国を公式訪問し、TVで放映される相手国要人との挨拶シーン。NY式握手(回想録22)を身に付けよとは決して申しませんが、多くのケース、何故あのように卑屈に見えるのでしょう。まして、相手が右手だけを出している時に、こちらは左手まで添えるなんて光景は、親しさを表現しているつもりにしても、違和感を抱きます。中曽根元首相、安倍現首相あたりの堂々とした姿はごく例外として、近くは、地方自治体トップの韓国大統領との会見、古くは、その談話が今も日本国を貶めている当時外相の、紅衛兵が席巻していた頃の中国首相との面会など、腰をかがめ気味に、上目使いで手を差し伸べる姿が、あたかも臣下が首長にお目通りをするかの如き媚びへつらったさまに見えたのは私だけだったでしょうか。

 

初対面の相手に対し、一歩身を退いた謙虚な姿勢が日本人本来の美徳であるとは言いながら、果たしてそれが国際的に理解されるかどうかは別次元の話です。四海に囲まれた日本と、四方が陸地で道路や河川一つ隔てた先が他国と言うお国柄の違い。自分さえきちんとしていれば、また、正しいことを言っておれば、相手は当然理解してくれると考える日本人の国民性と、常に声高に自己主張し、相手を牽制しておかねばならない環境に翻弄されてきた国々の国民性。このような世界との違いを認識するのが国際感覚とすれば、ひとたび国を出て世界の舞台に立つ以上は、国際感覚を踏まえて行動してほしいものです。

お辞儀と握手に時差をおくと言う発想は、いかが?

私なりに考えると、日本伝統のお辞儀と言う挨拶に行き着きます。

 

イタリア・セリエA・インテルミラノで活躍する長友佑都選手のゴール時のパフォーマンスがチームメイトと揃ってのおじぎ。日本人のお辞儀はここまで市民権を得ているわけです。それならこれを逆手にとって、相手にもっと良い印象を与えることが出来ないものか。

 

ここで日本国を背負って海外へ行かれる方々へささやかな経験からの提案です。

「「握手する前に一度手前で立ち止まり、軽くお辞儀をしてから歩み寄り、相手と正対し、背筋を伸ばして、右手だけで握手をする」」ことを実行しませんか。ミソは、つい習慣で握手をする時にお辞儀をするために、腰が引けて、相手を下から見上げる「臣下の礼」になってしまうのを避けるためです。

こんな子供ダマシのようなことでも意識していただくことにより、日本人の握手ヘタの改善に少しでもお役に立てばまことに幸いです。

それにしても、日本の首相がG7などのトップクラスと当然のようにハグする日が来るようなことはあるのでしょうか。その時には、海外の仕事仲間からJapanese Prime Minister?  Who? というようなみっともない質問を受けることは無くなっているでしょう。(続く)

201410

深江 賢(ふかえ たかし)