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洒落おやじの青春取材記 工藤
特集記事 ANA

ブルガリと私の回想録 2

総帥パオロ・ブルガリ、新商品発表会で貫録の皇族応接

 

―パオロはブルガリを代表するハイ・ジュエリーのデザイナー ― 


発表会にご来臨の秋篠宮殿下を ご案内する緊張しきった筆者 (91年10月・三井倶楽部)
発表会にご来臨の秋篠宮殿下を ご案内する緊張しきった筆者 (91年10月・三井倶楽部)

ナチュラリア・ラインの発表会には総裁の皇族のご臨席を仰ぐべし
 ジャパン社が発足した’91年、9月に紀尾井町の東京旗艦店が出来てホッとする間もなく、次の大きな試練が待っていました。
 ブルガリが新たに発表した、伝統的なラインとは一線を画する自然をモチーフにし、半貴石(トルマリンやアメジストなど)を多用した革新的なジュエリー・ライン”ナチュラリア”
 

   

 
 
 
 

 世界自然保護基金(World Welfare Fund.通称WWF)にこのラインの売り上げの一部を寄付し、その活動を支援する映画を製作し寄贈するチャリティ活動として世界に同時発表することになり、9月のヴェルサイユ宮殿を皮切りに短期間に世界を回ることになりました。日本の予定は10月です。

 まずは幹部5名と共にヴェルサイユに出掛けましたが、ロイヤルファミリーを上座に、自然保護の映画上映と500人の正装晩餐会、まったくその豪華さに圧倒され、またそのケータリングのあざやかさに実に驚かされたことでした。

 WWFはロイヤルファミリーを世界各国の総裁に仰ぎ、日本では秋篠宮殿下が名誉総裁をつとめておられることからこの指示がきたわけですが、確かに欧米ではブルガリの名前はその世界には通じていても、日本ではとてもとてもと言う段階。そのうえ、私の在籍する関西系商社には皇室などに全くコネなく、この本社指示には、目先真っ暗、まさに途方に暮れたのもいいところでした。

 

窮すれば通ず、思いもかけぬルートが
 この難題は思わぬところから解決できました。
 本社マーケティング・トップの学友のPR会社社長とその親しい友人で室町時代創業の御所御用・菓子司のご令嬢にこの難題を託すことになったのです。
 「ブルガリなら何の不足もない、まかせときなさい」と心強い言葉。まさに地獄に仏です。暫くして「秋篠宮殿下と三笠宮寛仁親王の確約を取ったから安心しなさい」と連絡があり、まさに胃の痛みが霧散したことでした。

 これがあとで大問題になり、まことに得難い経験をすることになります。

特設テントで自然保護映画の上映を待たれる 殿下と パオロ
特設テントで自然保護映画の上映を待たれる 殿下と パオロ

初めての大イベント、すべてお任せで大成功
 とにかく未経験の世界のこともあり、こちらはまな板の鯉の心境です。
 会場の選択から設営、招待客への案内、引き出物など、更に当日の皇族方のお迎え、応接などなど、すべてこの社長とご令嬢、それに本社マーケティング・トップにお任せで、おかげで三田の三井倶楽部での発表会は大成功の裡に無事終了しました。

 それにしても、皇族への応接の仕方がわからず、まったく未知の世界でした。
 代表者の立場で控室にて両殿下にご挨拶をさせていただきましたが、何を喋ったかも記憶になく、とにかく鄭重にとそれだけ。貫録の応接で、如何にもロイヤルファミリー慣れしているパオロに比し、後で写真に写っている我が姿を見ると、噴き出したくなるほどコチコチになっているのが一目瞭然。傍から見ればさぞ滑稽だったことでしょう。
 ただ言い訳をすれば、庶民とは別世界にある日本の皇室と、ごく身近にあるヨーロッパのロイヤルファミリーとは存在感が違うと言う事ですが、それにしてもパオロの態度は実に堂々たるものでした。

展示会をご覧になる三笠宮寛仁親王と妃殿下
展示会をご覧になる三笠宮寛仁親王と妃殿下

三笠宮寛仁親王から、この手配に叱責--実に貴重な体験でした
 皇族方のご来臨を賜ったあとは直ちにお礼に伺うのが通例。これも初体験の東宮御所に件の令嬢とお伺いし、お礼の記帳手続をしていました。ところが彼女曰く、三笠宮が来いと言っておられるのでそちらに行きましょうと、スタスタと東宮御所内の親王の居宅に向かいます。

 ついて行くと、親王ご本人が出て来られ、上がれ、とのこと。おそるおそる彼女に従って上がり、通されたのが和室にソファのある応接間。お礼の挨拶もそこそこに、親王から早速の説教が始まりました。

・宮内庁を通さなかったのは何故か
・皇族を複数呼ぶとは何事か

 実はご令嬢は軽井沢の別荘で宮家とはご近所同士。長年のお付き合いだから、気軽に声をかけて確約を取ってもらったのはいいが、相手は当然宮内庁経由の手続きをしていると思っているのに、こちらはそんなことは夢にも知らない。皇室関係をすべて把握しているはずの宮内庁にとっては無視されたことになり、きっと殿下や親王の元に宮内庁から苦情が来たのでしょう。
 また確かに皇族が複数で来られると序列の問題が起こり、今回は当然に秋篠宮殿下が主で、三笠宮親王は従。ご本人が愉快なはずはなかったことでしょう。でも、ご令嬢のお陰もあり、実に気さくなお話しぶりで、あれこれお話ししているうちに最初の緊張がほぐれ、失礼ながらすっかりファンになっていました。ポロシャツに白いスポーツソックスの私服姿が実に印象的でした。
 まことに貴重な体験をさせていただきました。
 このたびのご逝去に、謹んで哀悼の意を表します。

パオロは稀代のハイ・ジュエリーのデザイナー
 パオロは社長業を甥っ子のトラーパニにバトンタッチしてからは各種イベントのブルガリの冠として世界を動き回っていましたが、実はその本業はデザイナーでした。

 

それはいわゆる一点もののハイ・ジュエリーと言われるもので、原画を描き、写真にあるようにパテ板に向かって本物の宝石を配置していくという非常に感性の求められる作業です。許された社員しか入れない本社の原料フロアで、パオロが一日中デザイン・ボードに向かって腕組みし、原石をあれこれと置いてはやり直している光景は今でも強く脳裏に残っています。

<続く>

 深江 賢(ふかえ たかし)
深江 賢(ふかえ たかし)