ブルガリと私の回想録 16
ジュエリーのはなし ~ 本モノは「裏」で評価される
― ブルガリの伝統と矜持 ―
◇カタログ にジュエリーの表裏の対比を載せるこだわり
最初にブルガリのジュエリーカタログを見た時に驚いたのは、代表的なネックレスが掲載されている次のページに、ぴったり同じサイズでその裏面の写真があったことでした。
ジュエリーは表より裏。 これも初めてのGM研修で教えられたことでしたが、女性の素肌やパーティなどで身にまとう優雅な衣装を傷つけないために、ジュエリーの裏の細工に表同様の、あるいはそれ以上の技を発揮する。言われてみれば当然のことですが、ブルガリがそこまでこだわっていたのかと、改めてそのジュエラーとしての伝統と心意気を知った次第です。
◇江戸時代の羽織裏のオシャレに通じる究極のジュエリーウオッチ
裏へのこだわりが行くところまで行ったとも言うべき商品があります。
表は普通の女性用の時計ですが、実は何の変哲もないように見える皮バンドの裏に最高の仕掛けがあり、これが完全なジュエリー仕様のブレスレット。本来なら表に持ってくるべきものを敢えて裏に隠したデザイン。金無垢ゆえにずっしりと重く、しっとりとリストにフィットする素晴らしい嵌め心地で、本人しか知らないという究極の遊び心。いわば江戸時代の羽織の裏や、現代のジャケット裏に個性的な生地を使うオシャレに通じる実に粋なものでした。
だこれはジュエリーやデザインウオッチを多く持っている人がたまの遊び心で使ってこそ楽しいというもので、まさに「知る人ぞ知る」時代のブルガリを象徴する商品でした。設立当時ジュエリーウオッチBJ03というコードネームでラインの中にありましたが、まもなく姿を消していったのは拡大路線を歩む中でやむを得ないことだったのでしょうか。
◇「大胆デザインで重たいジュエリーは日本人に不向き」という現場の声
ブルガリのリング一つをとっても30以上のパーツを組み合わせて作られており、そのために多少の伸縮があって指に馴染む。やはり研修の一環で全てのパーツがどのように金地金から鋳造され、職人によりどのように組み合わされて行くかを目の当たりに見て実に感嘆したものですが、商品としてのブルガリのジュエリーは表同様に裏の造作にこだわるとともに、すべて金無垢で作られているために重量感があり、デザインもそれを強調するために大ぶりでした。
設立から約3年、苦難の時を経たことは先に述べた通りですが、そのころ現場から「総じて華奢な日本人には不向きではないのか。日本向けのデザインをリクエストしてはどうか。」という意見が上がってきたのも無理のないことだったでしょう。
製品は世界共通、どこのショップにも同じものが在るという原則を曲げられるはずもなく、<ここが辛抱のしどころ>と、この弱音を無視して耐えた結果はその後の実績が示す通りですが、今度は逆に、この大ぶりなデザインがブルガリの特徴として<一目でそれと分かる>と評判になり、客が客を呼ぶ形となりました。まさに、物事の二面性を象徴する出来事でした。
◇「社員にジュエリーを常に身に付けさせろ」という本社指示の真意
ジャパン社が発足して間もなく、ショップのセールスが店内での販売活動の際に「金庫にある適当なジュエリーを身に付けさせよ」という指示がきました。販売すべき商品を身に付けるという発想は日本にはないと抗弁しましたが、ブルガリの商品はそんなヤワなものではないと本社に一蹴され、さらに、身に付けてこそ魅力が増すジュエリーを顧客にアッピールすると共に、使ったあとの的確な処理をすることでジュエリーの扱いに馴染んでもらう趣旨であると説得され、これもブルガリスタイルなのだと納得したことでした。
次にこれを追っかけるように、「グループ共通の年間一定枠内で、社員に商品を原価で販売して良い」と連絡がありました。「ええっ、原価で!?」という耳を疑うような指示で、当然社員からの大反響は当然です。
ただ、これには条件が一つ、<常用すること>。
その結果、満員の通勤電車で3連トゥボガスの通称スネーク時計をして吊革を持ち周りをアッと言わせた店長や、採用試験の受付で、ジュエリー時計は勿論のこと、ブレス、リング、イヤリングまでフルに身に付けて受験者の目を見張らせた人事マネジャーなど、エピソードは枚挙に暇がないほどになりますが、これもブルガリの狙い通りだったのでしょう。
社員のカスタム化の要望にも本社技術チームは驚くほど協力的でした。この制度に徐々に慣れた社員は、半貴石2種の組合せリングに別の色石をとか、ブルガリ得意のコインものについては、力強い男性の左横顔を、とか要望を出し、マイジュエリーを演出するようになりましたが、大抵の場合はおおらかに受け入れてくれ、コインの場合など、わざわざ事前にコピーで拡大写真を送ってきて了解を取るほどでした。実に最高の社員優遇策と言えるもので、グループが大きくなり始めた96年頃までは、この制度は続いたように思います。
◇「貴方はジュエリーに つけられて いませんか?」
私はラグジュアリービジネスなどのテーマで話をする場で聴衆に女性が多いときに、最後にこのような言葉を投げることにしていますが、まずは意味が判らずキョトンとされます。
曰く、「ジュエリーは身に付けてイクラ。大事にタンスにしまっておくものではない。使っていれば当然キズが付くが、そのキズの分だけ<心が豊かに>なっているはず。ハレの時にいかにも大事そうに使っているのは、傍で見ていてそのギコチナサがすぐわかる。その状態を私は ジュエリーに付けられている と言う。平素からジュエリーを自然体で身に付けていただきたい。」と。
このような話で締めくくると納得されるようです。 (続く)
2013年6月
深 江 賢(ふかえ たかし)