NAGASAWA Magazine|ながさわマガジン

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特集記事 ANA

ブルガリと私の回想録 15

 最高の国内版チーム・ビルディング、“LAC”(地域年次総会)


― 9割を超える途中入社社員の求心力を高める「逆張り戦術」 ―


◇「自分のために働け!」

 

「当社では全ては自分のために働きなさい。

会社のために働くなどと考えることは必要ありません。」


新人オリエンテーションでは最初の一時間を必ず私が担当、ブルガリのヴィジョンについて解説をし、ファミリーの一員へのウエルカムをしましたが、その冒頭に、吉本スタイルで言えば、これで“一発かます”ことにしていました。


トラーパニ社長の拡大戦略のもと、販路を百貨店へ舵を切って以来、これがジャパン社に大きな追い風となり、94年半ばから業績は急反発、社員数もショップ数の増加とともに急増、それと並行して殆ど隔月のように採用面接をしました。これには必ず私と部長以上5人で候補者を面接し採用を決めましたが、ブルガリの名前の浸透に合わせるように増加する応募者たちに転職理由を聞いた時、異口同音に「もっと自分を高めたい」と答えたのが印象的でした。


社員数の95%を超える途中入社社員の旧職種はまさに多種多様。会社への忠誠心だ、求心力だ、と無色の新卒に対するようなことを言ってみてもハナから無理と痛感、それなら彼らの面接時の答えを逆手に取ろうとこの発言に至ったわけですが、結果的にはこれが大成功。ブルガリの「顧客より社員を大事にする」社風にそれぞれのスタイルで馴染み、転職が当りまえのブランド小売業で、同業他社に比べブルガリははるかに社員の定着率の高い企業になりました。


私が退任して早や10年が経ちますが、東京・大阪や基幹ショップの店長をはじめ、それぞれの部署の幹部たちはみんな個性的ながら、いまだにキーパースンとして頑張っているのは誇らしい限りです。


◇「個人の時代、だれも<社員旅行>なんて行きたがりませんよ」


 チーム・ビルディングの項(第11稿)で述べたインターナショナル・コンベンションの企画の豪華さ、グループ仲間との交流の楽しさを94年、95年と体験して、急増する社員同士や遠隔地ショップスタッフ相互の顔合わせの機会を日本でも創ろうと、全員の社員旅行を部長会に提案した時の反応がこれでした。しかし、これを破天荒なアイデアで一瞬にして黙らせます。あらかじめボスのマッキから、やる以上はチャチなことをするなと全面サポートの確約を取っていたこともあり、披露したのは次のような案だったのです。


✓社員旅行を会社行事の年次総会 Local Annual Convention(LAC)とし、

本社より取り寄せたDVDを使ってグループの業績と方針を発表

✓旅行は2部制とし、全ての部署を折半し半数が参加、会社は一切休まず、幹部は両方に参加

✓現地夕方集合、現地翌朝解散

 希望者には 観光/テニス/ゴルフなど 会社が全てお膳立て

✓1泊5万円以上の超高級旅館、異業種従業員のサービス学習を目的とする


 最初は多少の曲折がありましたが、96年から01年まで連続6年12回。社員数が増えすぎ、また9・11ショック不況が発生したこともあり中止の潮時と判断しましたが、グループ方針に沿った最高のチーム・ビルディングでした。


◇一枚の写真が語るLACの雰囲気


 グループHR(人事総務部門に当る)最高責任者フラヴィア・スペーナ副社長が01年のLACに参加した時のものです。フラヴィアはグループの幹部以上全員との面接をするために毎年世界を回っていたので、そのタイミングに合わせて参加を誘っていたのがやっと実現したものでしたが、一般的には‘コワイ’立場の本社トップとのワンショットは、まさにブルガリが求めてきた「ファミリー」の典型的な姿で、私の大事な一葉となっています。

グループ人事担当の最高責任者スペーナ副社長と仲間たち(01.6)
グループ人事担当の最高責任者スペーナ副社長と仲間たち(01.6)
後で写真を見て本人以外は誰がどこにいるかわからない                集合写真(01.6)
後で写真を見て本人以外は誰がどこにいるかわからない     集合写真(01.6)

 

LACの行先は趣旨を伝えて代理店に提案させたうえ、毎回総務から2名を事前調査に派遣して十分に内容をチェックしたものです。最初はアルマーニ時代の旅行でぞっこん惚れ込んだ箱根の桜庵を指定。以下、定山渓・万世閣、山中温泉・花紫、再び箱根・桜庵、伊東温泉・青山やまと、新潟月田温泉・泉慶とつづきましたが、ほぼこちらの狙い通りの成果を挙げることが出来ました。ただ、次章で述べるようなことや、宴会や集合写真は幹部中心の整列したものではなく自然体でばらばらに、などと結構うるさい注文をつけたもので、代理店泣かせだったようです。

 

 

◇宴会では上席なし、上司へのお酌を厳禁

 



私はゴマスリが下手でした。商社の駆け出し時代、客先接待の宴会や社内忘年会などで、接待客や上司に競うようにお酌をしに行くのが苦手で、いつも仲間から一、二歩遅れ。もう少し要領よくやれよ などと言われた苦い経験があるだけに、ここで自分がトップにいる間は若い人たちにそのような思いは絶対させないと決めていたゆえの指令でした。更にこれに加えて、宴会で上席を作らず、座席はトップ以下幹部社員と一般社員は別々に抽選してランダムに席につくものとし、一方、上司は部下へのサービスに徹するように指示をしました。企画から進行は、宴会からそれに続くホールでの貸切り二次会まで、全て若手社員に一任。その結果、新人紹介の楽しい寸劇や、歌やダンスでのプロはだしのスーパースターの誕生など、LACの話題には事欠かなかったものです。

 

 

 

◇LAC参加者全員とシェアしたい花紫・女将の言葉


98年に行った山中温泉・花紫は、当時、要職・金沢支店長であった商社時代の後輩に、接待用などで有名なところをはずして、LACの趣旨に沿って推薦させたものですが、実は一度は団体客は取らないと断られた経緯がありました。最終的には、いかにも個人向けと言えるこじんまりとした二棟建ての旅館の一棟を貸切りのような形で利用出来たのですが、まさに後輩の強い推薦に違わぬ素晴らしいところでした。

 


金沢武家屋敷あたりで(98.5)
金沢武家屋敷あたりで(98.5)
同じく若手男性社員たちと(98.5)
同じく若手男性社員たちと(98.5)

 

この後しばらくして、当の後輩から「若い人が多いのに、あのようにマナーの良いオトナの団体客は見たことがない、是非とも機会があれば伝えておいてほしい」と女将がわざわざ連絡してきたと電話がありました。


事実この6年12回の旅行で、事故はおろか、団体旅行にありがちな気の緩みからくる様々な事件、さらには若い男女間で起こりがちな、いわゆるモンキービジネスなど一度もなく、また退任後、実はあのとき云々という話も一切聞かないことがチーム・ビルディング以上に私の大きな喜びですが、この花紫の女将の言葉は最初のいきさつがあっただけに嬉しい限りでした。これはLACに参加した全員に対する賛辞としてみんなでシェアしたいと思います。 (続く)

2013年5月

深 江  賢(ふかえ たかし)