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フランス香水紀行・香りの樹・第7章 編集部

香りの樹

星谷 とよみ

アンドリーヌ・フルモン・デュウドンヌ 夫人
アンドリーヌ・フルモン・デュウドンヌ 夫人

        「香りの魔術・香水紀行・第七章」

             香りの樹

 

    夏は樹々の間を渡ってくる。

 生き生きとした青葉と、しなやかな枝と幹に、艶かしい風がひとそよぎ。

      木々は香たち。歌い、甘美な霧を放つ。

 木々の優しいぬくもりが、森のように人を包む。

 ありとあらゆる夢想を連れて、私は喜んで森の迷子になろう。

 

十八世紀以来、情報と欲望と歓喜がここに集約された、パレロワイヤル。

      パリ一区の宮殿庭園

二十世紀末、セルジュ・ルタンスここに新たな一画を拓いた

「神が植えた一本の木」その樹香漂うパヒューマリー。

 

いま、待たれていた香りが生まれた。

乾き張り詰めた二十世紀末に、モロッコ杉の清冽な香り、そのやすらぎ。

植物の生命のフォルムが霧となって人を包む。

パリはいま、新しい香水史を重ねる。

パリの中心、パリロワイヤルの一画「レ・サロン・デュ・パレロワイヤル・シセイドウ―」で、私は初めての香りに出合った。その霧に包まれると一瞬のうちに世界が変わる。都会の喧騒の中から雨上がりの森の中へ。

しかも新緑の青葉と幹を濡らした水滴が、まぶしい斜光によって拡散し、芳香はそのあたりから舞い上がる。その香りは肌に触れ、人を植物に変える。

香りのもとは、セダーウッド・アトラス(モロッコ産ヒマラヤ杉)。

この木の芳香は、深々とした神秘性と官能性をあわせ持つ。紀元前から肉体と魂を清浄する薬効があるとされ「神が植えた唯一の木」としてあがめられてきた。このエッセンスの安らぎは、香水の新しい役割を示し、人の心へより深いアプローチを始めた。かって、パリロワイヤルは、マリー・アントワネットや、デュ・バリ夫人(ルイ十五世愛妾)が通った地。もし、あの時代に、この香りがあったら、歴史は変わっていたかもしれない。

二十世紀末、私たちは「フェミニテ・デュ・ボア」木の安らぎを必要とする時代に生きている。

その人らしさが価値とされる時代。木の香りのエッセンスは、男性専用から人間らしさへと立場を変えた。「フェミニテ・デュ・ボア」の様々な表情、暖かく、ひそやかで官能的なボア・オリエンタル」穏やかで、しも、主張あるボア・ボア・ムスク。軽やかで生き生きとしたボア・ド・ヴィオレット。芳醇で官能的な、ボア・エ・フリュイ。これからの香りの豊かさと精妙さを使いこなすことで、人と人、男と女はもっと濃密にコミュニケートできるだろう。

 

現代のパレロワイヤルは、パリで最もシックな界隈だ。

リトグラフのギャラリー、ファッションブティック、アンティークショップ、高級レストラン。近くに国務院、文化省、コメディーフランセーズ。

「レ・サロン・デュ・パレロワイヤル・シセイドー」は、この一画に香りのマジックを仕掛けた。

香りの空間に封じ込めた東洋の静謐と十九世紀パリのサロン文化が、パフューマリーの新しい概念を提示し、フランス香水王国の台風の目になっている。

 

「香水に関して、私の趣味は好きか嫌いかのどちらだけ。曖昧な気持ちで香水を選んだことはないわ」

長くファッションビジネスの渦中にいて、現在家庭用リネンの最高峰といわれる店「NOEL」を経営する、アドリーヌ・フルモンテ・デュウドンヌ夫人。初めて「フェミニテ・デュ・ボア」の香りに出会ったとき、それは全く新しい香りの発見に思えたという。初めての香りは鮮烈で、好き嫌いがはっきりする。マダムは即、この香りを好きになった。「今までにない香りに出会うことは、今までにない体験に出会うこと、香りは何時も人生に新しい窓を開けてくれます」マダムは香に対していつも積極的だ。自分の気分や感情、体調などにも微妙に影響するので、マダムは香を慎重に選択し結果的に用いる。自分を心地よくさせる香水、それは、日により、時刻により、変化する。

マダムは「フェミニテ・デュ・ポア」と、その四つのバリエーションを巧みに使い分けている。「香りに楽しむうちに、一つ一つが言葉を持っていることに気付きます」。

マダムにとって香水は、確かな表現手段になっている。

フランス人の多くは、自分の香水を持っている。香水を長く日常のものとしてきた人にとって、ある香りはいつも思い出を連れてくる。

マダム・デュウドンヌの場合、多くの人がそうであるように、最初は母の匂い。それは子供時代のすべてを思い出させ、香りの原体験となる。

やがて自分の香水の夢を見るころ。十三歳の誕生日には。母から、または父から初めての香水をプレゼントされる。

その香水をつけてデートするようになると、恋人が次の香水を彼女に贈る。

マダム・デュウドンヌの少女時代、

その頃の流行は、何故かゲランの「ジッキ―」」だった。

だから当時の同じ年頃の少女たちは同じ香りをプンプンさせていたという。

少年たちは自分の立の母の香りを、初めての恋人に贈ったに違いない。

処女たちは成長するにつれて自分の香水を見つけていく、恋人が変わり、恋愛の月日を重ね、女性たちは自分自身への認識を深めていく。

時を同じくし水、それぞれのエススプリができるようになる。香水と自分を向き合わせ、言葉を交わし、フランスの女性たちは、香りからも自己形成する。

 

 

 

香水はもう一人の私。

 恋が移ろったとき、香りも変わり、

   愛の実りも香りでピリオド、

  香水をスカートの裏地にシュー!

手首のくぼみにひとしずく、

耳たぶに湿らせて

  香水に語らせる私の本音

 

 

 

 

星谷 とよみ

香りはわずか瞬時にしか生きられない、

 儚い、美しい水、しかし、その香り歴史物語は、官能の嵐だ、

生きている香りこそ、みだらな想いを、鮮やかに、まき散らす、

  新たな香りの宝石箱に、男と女の繊細で大胆な挑発が転がっている。

 

企画・構成・nagasawamagazine・編集部

企画・制作・取材・写真・婦人画報社・編集部

掲載・1994年・7月号・