NAGASAWA Magazine|ながさわマガジン

フランス香水紀行・社交界の香り・第六章 編集部

社交界の香り

星谷 とよみ

Madame Helene  de MORTEMART
Madame Helene de MORTEMART

パリの風の中に、微かな香水の気配を聴く、

この街この街に推積する幾重もの香りの層が時折、石畳の間から、

古いキャフェの扉の間から、牛下がりのホテルの分厚い緞帳の裾から

ふんわりと舞い上がる。

はるかローマの時代から二千年の物語が眠る街、パリ。

女がいて、男がいて、視線縦横に絡みつく、その周りを揮発するか香りが、

垂直に立ち上がっていく。

不思議な光景ではなく、パリのオシャレの幕開けなのか、あるいは、男と女の、しがらみの光景なのか、分からない。

恋のかけひきなのかは、心に問いたい。

香りが、女を決める道具なのか、男の欲望に火をつけるアイテムなのかは、雰囲気で分かる、香りの魅力はどちらにでも映える。

 

社交界の華やかさは、ドレスで決まるとは限らない。

美しさでもない、艶やかさでもない、究極の決め手は、香りの気配だ。

Madame Helene  de MORTEMART:         プランタンMD(1998年)
Madame Helene de MORTEMART: プランタンMD(1998年)

強く自分でありたいと願う女たちは、

その表現をいくつもの、香水に託した。

そして、女たちは、勇んで恋をし、仕事をした。

争い、務め、獲得した。

女性にとっての香水史は、よく生きたことの証。

マダム・エレーヌが、パリ社交界の手帖をめぐる。

 

 

香水と女性をめぐる物語のなかで最も心を惹かれる話がある。

パリの街角で男と女がすれちがった。

男はその瞬間恋に落ちた、ふりむくともう彼女は姿は見えない。

彼は(ムッシュ・ロシャス)彼女を探し回った。

探しながら、彼女をイメージする香水を次から次へと思い浮かべていた。

そして、やっと再会できたとき、あの名香「マダム・ロシャス」が生まれていた。オレンジフラワー、アイリスなどの花香が優しさと暖かさを表し、えもいわれぬエレガントな香りを放つ香水。

「マダム・ロシャス」は香水の名前と共に、社交会にデビューし長いことパリのエレガンスを体現する存在だった。

いま、この話は社交界の間で神話のように語り継がれている。それゆえに、尾ひれがついて、面白おかしく展開する。

たとえば、彼が(ロシャス)すれいちがいざま恋に落ちたには、その時、彼女がつけていた香水のせいだ。

その香水は何だったのか、と、あれこれと推理して楽しむ人たちもいる。

若い女性の間では、恋に出合う香水としても選ばれているという。

社交界、そこは香水のるつぼ、ファッションで、香りで、会話で、エスプリで、自己表現する女性と、それを愉しむ男性がお互いを探り、はかり合う、一夜。パリの社交界では、どんな女性が時代の夜を

彩ってきたのだろうか、その時の香りは何だったのか。

 

香水の現代史は、女性史と匂やかに、リンクする。

 

マダム・エレーヌ・モルトマーは、1950代から、現在(1990年)まで、ファッションジャーナリスト、オートクチュールのスチーリストや、パブリシティなどの仕事を通して、パリ社交界の女たちをつぶさに見てきた。

社交界を彩る人たちは、正に時の人。

ファッションや香水や化粧品はしゃこうかいのオピニオンリーダーたちの後押しが欠かせない。

美しい女たちは競ってその「美」のビジネスの輪の中に入りこむ、そして、いつしか、その時代のトップに誰かがたつ。

マダム・エレーヌ・モルトマーの記憶のページから通り過ぎた女性たちの残り香がよみがえる。

「1960年代ブリジット・バルドーやサガン。

人気の香水は、サン・ローランの“Y„イグレック。知的でクールな、シプレの香りは、この時代のアヴァンギャルドで知的な小悪魔たちに圧倒的に支持されました。

1970年代は、モードの革命期。

ミュグレー、ケンゾー、モンタナ、イッセイの登場です。ディスコクイーンがこの時代の女王ね。映画スターなら、カトリーヌ・ドヌーブ。また“シャネル19„も1970年代のトレンドです。

グレーンノートの爽やかさが、Tシャツやジーンのファッションに香水の用途を広げました。

1980年は、ボディコンシャスの時代、ラクロアやアライヤのモード。そして香水は、クリスチャン・ディオールの“プワゾン„、

着けると女性を大胆にする媚薬のような魅力をの香りは、ボディを意識したファッションと密接な関係がありました。

その時代時代を代表する女性はいたけれど、本当のエレガンスを体現する女性は少ないのよ。

パリ社交界のスーパースター・プリンセスセス・クレアモント・トネ―ル
パリ社交界のスーパースター・プリンセスセス・クレアモント・トネ―ル

1990年代に入って、やっと、会えました。

その人は、ミセス・ハリマン、英国生まれのアメリカ人、現(1993年)駐仏大使です、73才。ノーブルでエレガント。

香水のほのかな気配が彼女のオーラになっているのです。

_さて、次のパリを制する女_

今世紀のオープニングを司った女神は、クチュリエのエレガントなラインのドレスに身を包み、ゲランのジッキ―を香らせていたに違いない。

さて、すでに、今世紀末、そのフィナレーと、21世紀のオープニングを司る、女神は誰か、多くの社交界通が推すのは、プリンセス・エルミンヌ クレアモント・トレーヌ。

フランス貴族を代表するクレアモント・トレーヌ家の、姫がそのひと。

幼少のころは乳母に育てられ、多くの使用人、料理人、教育係と主に、暮らし、十歳を過ぎたころからパリ郊外コンビエーヌの森の中の寄宿舎制の学校へ、そこはお城の中にあり、それは、それは美しい。

ステファニー・ド・モナコやレティシア・シェレルなど良家の子女、各国大使館や、ヨーロッパ中の貴族の子女たちと学んだ。

そして、ありとあらゆるスポーツを愉しむ、エレガントで優美な身のこなしは、スポーツで鍛えた体と精神から自然に醸し出される。

プリンセスは目下、どこのパーティ、セレモニー、オープニング、レセプションでも、引っ張りだこだ。

プリンセスの出席の有無がその夜のプレスティージを決めるからだ。

彼女の周りに魅惑のオーラが立ち上がる、プリンセスの好みの香水はすべてオム。男性用。プリンセスがパーティに登場すると空気が一変する。

タバコやレザーや強いシトラスや辛口のスパイス・・・・男の香りを身につけるプリンセスの意表を突く存在の仕方。

生まれながらの貴族の教育から身についた社交の極意、真のエレガンス。

プリンセスはヨーロッパで有名な王侯貴族やVIP対象のマガジンの特別編集長でもある。

モナコのステファニー王女、セヴィニェ公爵夫人、ヴェニスのプリンセス・・

取材対象にはことかかない。オムの香りをつけて、革ジャンに革のパンツ、ハーレー・ダビットソンに乗って、プリンセスは香の明日を拓いていくだろう。

 

香水がその国を制す。

ではないが、香りの存在は大きな主張だ。

女に生まれ、魅力を備えて、香りを支配する。

そして、男の傲慢な態度をつぶす、その凄さは、誰しもが理解している。

香りが女性を表すのは、女性が持つ不可思議な財産だ。

香りを支配して、男を惑わす、そして、自身を舞い上がらせ踊る。

 

香りの記憶という装置の中で

  永遠に封印される。

人の耳朶にとまってささやきを聴き、

  スカートの裾にいて、誘いの曖昧さに

身をよじる。

  香りが誘った、いくつもの夜ばなし・・・、

私でなくて香りが、彼を重ねていく。

 

作  星谷 とよみ

構成・編集・詞 nagasawamagazine・編集部

 

企画・構成・nagasawamagazine・永澤洋二

企画制作・ 婦人画報・1994年六月号掲載

フォトグラファー・大谷 裕弘