NAGASAWA Magazine|ながさわマガジン

映画監督    鈴木 清順     編集部

映画はめぐる

日本映画が順調だ。

世界の映画情報では、相変わらずハリウッド映画が話題を呼んでいる。

しかし、日本映画も若手のアーティストを中心とした映画がいま、人気だ。

映画の話になると、今でも、夢中になる人たちが多い。

20世紀のエンタテイメントは、やはり、映画だろう。

映画産業が栄えていた頃の日本は、誰しもが映画館に足を運んでいた。

しかし、現在では、映画館も数が少なく、寂しいと話された映画監督がいた、鈴木 清順さんだ。

 

平成17年2月13日お亡くなりになられた。

 

群馬県・上毛新聞社・カルチャー・フォーラム・46回講師として、講演を依頼しました。

その「講演内容」を、今一度振り返ってみたいと思います。

 

講演タイトル“映画はめぐる”

 

“動きがなくては映画ではない„

映画はまず、企画というのがあります。何をこの映画でやりたいのかということですね。

例えば、法隆寺を燃やしたいとかいうイメージがあってそれを映画にする。

監督の大島 渚さんが「絞首刑」を作った時、もし、絞首刑が失敗したらどうだろうという発想から始まった。

最近、お前さんの映画は動きが無くなった、と言われます、それは、アクションをすると、金がかかることなんですね(笑)

例えば、「寅さんシリーズ」なんか動かないですね、小津安二郎も動かない、動くのは黒沢さんの映画です。悪口を言うと、動かな映画なんて、映画じゃない(笑)「寅さん」は俳優やスタッフがきちんと、動いてやっているのか(笑)といいたい。

とにかくアクション映画はいいですね、アクションというだけで価値がある、(笑)映画は絵が動くから映画というのです。

 

“動きのない日本映画は「春夏秋冬」によりかかる„

どうして最近の日本映画は、動かなくなってしまったのか、映画には時間と空間という要素がありますね、一番分かり易い映画は「春夏秋冬」を追っていくものですね。

カットのつなぎでも、時間順を追ってやると分かり易い。

人が来るまでくる、家に入る、飯を食べる、出ていく、そういうつなぎでやっていけば、誰が撮っても分かり易い映画になる、ところが、私の映画は時間が飛ぶんです(笑)車で来ると、もう、前橋にいる、(笑)

空間の扱いも同じです。この講演会を撮るとすると、演題の後ろにカメラを置くと、私の背中の向こうに皆さんがいる、これは講演会だな、とわかる、でも私はそうゆうふうにはしません、天井から撮ったり、床から撮ったりするんです(笑)私は昔、日活で分からない映画ばかり撮る監督ということで首になりました(笑)どうしてそういうことをするのかというと、当たり前では面白くない、特に動きをだすためです。

 

“映画俳優は、いい芝居をして人を感動させれば、あとは無頼でいいのです„

俳優さんを選ぶのはなかなか厄介です、昔は俳優所に専属俳優がいた、今はいません、テレビのほうがギャラがいい、あの俳優を使いたいといっても、テレビのスケジュールがあるから、なかなか使えない。

女優の条件は、まず、画面に出て美しさ必要です、自分に自信がなくてはダメです、女優は自己顕示力とわがままがなくてはいけません(笑)

スターさんは画面の裏側で何をやってもいい、ストレスもたまるでしょう、要は、次の日の芝居をちゃんとやって、人を感動させればそれでいいんです、それで体を壊しても一向にかまわない(笑)

日本の場合はスターは芝居が下手なほうがいいんです(笑)石原裕次郎なんか、長い脚と甘い顔で観客を酔わせればいいんです、新劇の俳優がなぜ、スターになれないかというと、顔がよくないからです(笑)

 

“基本の形にはまっていれば、演技派俳優にかってにやらせる„

俳優は普通でない人間です(笑)我々が普通でない人間を相手に仕事をしているんです。俳優は自分の芝居しか考えていません、相手のことは考えない(笑)

私の映画の作り方は、勝手にしゃべってくれ、勝手に演技してくれ(笑)ただ、ただ、ある形の中でやってくれればいい。

松田優作が橋を渡るシーンがあるとする、橋の、ある場所にマルを描いて、その中でやってくれという、こっちが、ある形を決めてしまうと、その中では俳優の演技が決まってくる、その他のことは、どんな演技をしてもいい、型ってのは、どこからくるか、大体は記憶の中にあるカタチです、身体は演技をしていても足は動かない、歌舞伎は原則として静止している演劇です。

歌舞伎には、殺し場、ぬれ場、ゆすり場があります、このスタイルをイメージしてカタチをきめていくわけです。

 

“出尽くした映画の技法、CGに可能性がある„

大体映画に技法というのは、出尽くしています、その中でオリジナルを出すのは大変です。色をどうゆうふううに使うかも難しい、これも歌舞伎でいうと、仕掛けもののように使う、色を仕掛けとして使う、映画だと、フィリム自体に問題がある、三原色以外の色は難しいのです、朱色とかは難しい、私はそれで、三原色を仕掛けとして使っています

今はいろいろと、いろんな技術が出ています、私がやってみたいのは。コンピューターグラフィックです、もし、出来たら、CDで合戦をしてみたい、今の合戦は人間が馬の上でやっている、私は、馬と馬の戦いをやってみたい、馬が馬にかみついたり、蹴飛ばしたり(笑)

魯迅の小説で鍛冶の父の敵を討つ少年の話があります、王が名刀を創った鍛冶を殺します、息子仇討ちに出かけ、ある男に会います、男は少年の首をくれれば王様を殺してやろうと、いいます、少年は承知して首を斬られます、男は首を鼎(かなえ)に入れて王に近づき、鼎をのどきこんだ瞬間、王の首をはねます、私がCGで撮りたいのは、鼎のなかで少年の首と、王の首が闘うシーンです、闘っているうちに少年の首が脂にあんる、そういうのはCGでなくては出来ません。

まえ、「エキストラ人生」という映画の通行人とか、大部屋俳優をテーマにした番組を作りました、その時彼らの注文あ、「私たちも、映画に出た何十年という人生があります、その人生を分かって使ってほしい」といってました、

映画を作ってきた人間には、誰でも映画への思い入れがあります。

映画が変わってもその思いいれは変わらないでしょう。

 

鈴木 清順

編集長

 

監督にお会いしたのは、講演をお願いした数年前に、某テレビ局のロビーだったような気がする。その時、僕が親しくしているTVプロデューサーに紹介された。

優しくて、映画が大好きな先生のお話が面白くて、いずれ何かいい機会が無いかと思っていた時に、群馬上毛新聞カルチャー・フォーラムをプロディースすることになった。

ぜひ、講演していただければと思い、先生のご自宅まで足を運んで、お願いして実現した。先生のご自宅で、映画界のこと、作品など、多岐にわたってお話を伺い、楽しい時間をいただいたことに深く感謝したい。

講演の内容も、監督らしい映画に対する愛と、優しさがこめられていて、楽しい講演会で終わった。

監督は、いま天国でCGを駆使して”清順映像の世界”を愉しんでいられると、思っております。

素晴らしく、楽しい時間を頂き有難うございました。

追悼!