NAGASAWA Magazine|ながさわマガジン

素敵なメール

北海道・佐野桂子

「nagasawamagazine」

 おかげさまで、10年の歳月が「nagasawamagazine」を支えてきました。

多くの読者に、励まされ、長い年月を無事に過ごさせていただき感謝しております。

10年近くウエブとの付き合いの中で、読者からのメールのうれしさ、楽しさは特別です。励まされ、貶されても来ましたが、何より”読んで“いただいたのが、何よりもうれしいことでした。

メール以外でも、友人からの携帯への喜びの激励など、数を数えてみてもビックリでした。

途中、もうやめようと思ったことは数がぎりなくあります。

ブルガリ・深江さんの「ブルガリ回想録」の終了、僕の大親友・工藤武志さんの死去、心に深い悲しみと、続けていく力もなくなり、「nagasawamagazine」終了の時が来たとも思いました。

しかし、その時、「読者からの励みの言葉・メール」があり、とにかく続けられるまで、頑張ってみよう、そんな思いの今がありました。

いまも、「読者」からの力が入った、メールに励まされています。

そして、今回の「素敵なメール」特集にたどり着きました。

全部のメールは無理ですが、了解していただいた人たちのメールはいづれマガジン上をめぐります、ぜひ楽しみにお持ちください、そして、皆様のうれしいメールを待っております。

素敵なメール

北海道・佐野桂子

 

メッセージ: 先日、父と数年前に放送された「ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の サマーコンサート/ワルトビューネ コンサート」や、「ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 シェーンブルン夏の夜のコンサート」を視聴中。

ジョージ・ガーシュウィン ラプソディ・イン・ブルー(Rhapsody in Blue)を聞きながら、私、父に言ったんですよ。

「小曽根さんクラスのピアニストに弾いてもらいたいね」って。

クラッシックのコンサートの場合、人気のあるピアニストを呼ぶのはいいのですが、「見よう見まねジャズ風」の演奏が結構あって。

先日の永澤さんのメールでオスカー・ピーターソンの名前を知って。

「これはいい機会だ」とジャズを聴いてみようと思いました。

そして併せて、Nagasawa magagineの音楽についての記事を中心に見ていました。Tony Bennett Lady GAGAの「CHEEK TO CHEEK」聞きました。Tony BennettとDiana Krall もデュエットしてるんですね。「Love Is Here To Stay 」も聞きました。

エルヴィス・コステロはよく知っていますし、小曾根真さんもNHKで何回か演奏聞いたことありましたが、ダイアナ・クラールは知りませんでした。

色々聞いていて、調べもしていたので音沙汰なくしていました。

や、や、や、永澤さんの人脈の凄さに圧倒されてしまいます!!

フランク・シナトラの曲も聞いたり、まだ「ナットキング・コール」「ジャンルーカ・ソンルイ・レイ」「マイケル・ブーブレ」は時間が足りずまだ聞けてません。全部聞いてから・・・・と思ったのですが、まったく音沙汰なくなってしまうので途中経過ということでメールしました。

ジャンルーカ・パガネッリ「DESTINO」カテドラルの時代/アダージョが特に好きですね!!!

  佐野 桂子

永澤さん こんにちは☆

佐野です。

色々調べて、音楽を聴いているうちに・・・・また音沙汰なくなってしまいそうなので、ここで経過報告です!!

私はJAZZには詳しくなく、知っていたのは、

映画「海の上のピアニスト」の作品中に登場するピアニスト、「ジェリー・ロール・モートン」。実在の人物がモデルとなっていると知って、曲を聞いたくらいで。(ジャズピアノのバトルを船上で行うシーンがあって)。

どこからどうジャズを聞いていいのかわからず、放置したままになっていたのが現状でした。

知らないアーティストの名前を聞くと、どうにもこうにも血が騒いで聞きたくなります。そんなわけで今までかなり音楽は聴いてきました。

まだまだ聞いている途中ですが、オスカー・ピーターソン。

一人の人間が人生掛けて音楽やっているんです。昔の人は特に。日本の指揮者 外山 雄三氏がインタビューで言っていました。「音楽とは命がけでやるものだ」と。数曲聞いたくらいで聞いた顔はできません。

 オスカー・ピーターソンの話でした。桁違いにうまくて。これを聞いてしまうと出演が決まってから「頑張って見よう見まねジャズ風」をやり始めた演奏者の演奏会は・・・・もう笑っちゃいますね。「お父さん、見よう見まねジャズ風・・・見てて面倒になって早送りしちゃった」とか話してたんですよ。

こちらもまだまだ聞いている途中です。ナットキング・コールを聞いて、瞬間に思ったこと。

少し前に1951年公開の映画 監督 ヴィンセント・ミネリの「巴里のアメリカ人」という映画を見たんですよ。作曲 ジョージ・ガーシュウィンなのですが。

ナットキング・コールの影響を受けて、ガーシュウィンはクラシックとジャズを融合させて評価されたのかな????と思いました。

当時、ナットキング・コールの影響を受けなかった人はいないくらい多大な影響を与えた人物だったんだなと。若くして亡くなったことを悲しんだ人がどれほどいたか計り知れないですね。引き続き聞きます!

さてさて、私のメールの内容/父との会話などは何でも使ってくださって構わないのですが、この「名だたる顔ぶれのnagasawamagazine」には場違いでは????と気後れしてしまいますが大丈夫ですか?

私の父は、作曲家 三善晃 氏 とバリトン歌手 ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ が特に好きで、私もこの2人が好きになりました。

三善晃氏の「レクイエム」、国連デー記念コンサートで演奏された「連祷富士」

合唱曲「オデコのこいつ」どれも衝撃的で。

両親と一緒に三善晃氏の曲を視聴中に、父は「NHKさんは、三善晃の追悼番組をやってくれなかった」といつも言っています。そして私「三善晃 追悼番組、杜秀さんに仕切ってもらって放送してほしいね」などど話しています。(音楽評論家 片山 杜秀氏です)。

母は、世の中で作曲されたレクエムすべてCD購入してるんじゃ・・・というくらい「レクエムおばさん」です。母の一押しは ギリシャの作曲家ミキス・テオドラキスの「レクイエム」です。

両親、そして永澤さん、私の音楽の幅を最大限広げてくれています!!!

次回は、名だたる顔ぶれのnagasawamagazine率いる永澤さんと仲間たちについて、こんなことを感じている!!ということをメールしたいと思います。

このまま続けると、長文が更に長文になるので一回送信します!

ではまた!本当はもっといろいろ感想述べたいんですよ。「高度な人生デザインを作り上げてきた佐藤の才能、能力は、ある種の風格さえ感じる」とありましたね。佐藤幸一さんのようにここまで「作り上げる」ことができると人生/ライフスタイルも芸術ですね。

そして私が一生訪れることがないと思われるホテルも、心ある人間がホテルという空間で自分の意思を表現した芸術作品なんです。

「Nagasawa magagine」のおかげで自分の芸術に関する境界線が広がった感じがします。その人が持っているもの、生き方、人生観をどういった手段で表現するかの違いで、心ある人がやっていることを芸術と呼ぶのだと。

そしてもう一つ。これはすごく直感的なんですが。

父がバレエが好きで、フランスの芸術家ジャン・コクトーが好きで、それが理由で私も知ることになったのですが

セルゲイ・ディアギレフが主宰したバレエ団、「バレエ・リュス」というロシアの団体を知っていますか?

舞踊家兼振付家/作曲家/指揮者/画家・装飾家/文人/スポンサーと、「名だたる顔ぶれ」が結集した団体「バレエ・リュス」。「天才を見つける天才」ぶりを発揮して多くの芸術家を動員したセルゲイ・ディアギレフ。

この「名だたる顔ぶれ」に驚きました。こんな奇跡の集団があったなんて。

それを「Nagasawa magagine」にも感じたんですよ。これだけの「名だたる顔ぶれが結集させることのできる永澤 編集長ってすごいな!!!!」って感じたんですよ。

だから、叔父の安田の話をしたんですよ。いつか機会があったら話すきっかけになるかなと。私個人は、20年くらい前に祖父の葬儀で会ったくらいで。誰かが亡くならないと会わないと思います。

と、思いながら「Nagasawa magagine」覗いてみたら????えーっ!!!!名前フルネームで出てて焦りました(汗)

 

佐野桂子

ちょうどロシアの作曲家セルゲイ・プロコフィエフのカンタータ『アレクサンドル・ネフスキー』(1991年 N響定期1143回)を聞き終わったところです。

東京芸大の教授が 船山 隆さんがこんなことを解説してくれています。

一緒に仕事をした映画監督エイゼンシュテインという人が「プロコフィエフは時計のように仕事をする。その仕事は進まないし、遅れない。プロコフィエフは狙撃者のように正確にど真ん中を打つ。イメージを一部の狂いもなく見事に書き換える」と。

永澤さんからのメールの中で「貴女のメールを読んでいると、時々ぼくの書いた文章が恥ずかしくなります。」こんな文章を読むのは2回目でしょうか?

私は、私のことを語った文章です。

永澤さんは、人の語ったことやその人のイメージを一部の狂いもなく見事に的確に文章にしています。そして毎月毎月期限付きで、それも10年も。そちらの方が素晴らしい話ですよ!

先ほどの映画監督エイゼンシュテインという人の補足説明ですが、「戦艦ポチョムキン」という映画の監督で、そのポスターを作ったのは、ロシア・アヴァンギャルドのステンベルク兄弟がポスター担当。

1988年 NHKエンタープライズの番組 ATP賞 番組奨励賞

「ユートピアを夢みた若者たち~ロシアの天才画家ステンベルグ兄弟~」

良い番組でしたよ。また見たくなりました!!

話をNagasawa magagineに戻したいと思います。

誰かのカバー曲だとの説明をしていましたが、忘れてしまっていました。

その昔、ライブのアンコール曲で

忌野 清志郎さんとドクトル梅津バンド????だったと思うのですが、

「長い髪の少女」を歌っていました。すごく好きでした。

すみません。Nagasawa magagineで今わかりました。

作曲家・鈴木 邦彦さんの曲なんですね!!!!! 鈴木 邦彦さん1-4まで読みました☆今、御本家様の「長い髪の少女 ザ・ゴールデンカップス」聞きました。

やはり何回聞いても大好きです!!!

 

佐野桂子・2019・12・03