NAGASAWA Magazine|ながさわマガジン

NOBUと有賀雄二

NOBU松久信幸の世界料理観

NOBU松久信幸氏の人間性は、どこから生まれてきたのか、

1949年、埼玉県で材木商の三男として生まれ、父を7歳の時に交通事故で亡くす。14歳の時に兄にはじめて連れていってもらった寿司屋でその雰囲気とエネルギーに魅了され、寿司職人になると心に決めて修行に励み、世界に飛び出した。


そして和食をベースに南米や欧米のエッセンスを取り入れたNOBU独特のスタイルの料理を確立した。


現在、世界に30数店舗を構え、和食を世界の人々に味わってもらおうと精力的に各国を飛び回っている。


今回もNOBU東京8周年記念に合わせて、世界の超有名シェフたち数名を連れて帰国した。

そして、日本の各地でイベントを開き,シェフたちにNOBU料理の神髄を披露、多くのNOBUファンを沸かせた。


話を、有賀氏とNOBU松久氏に戻す。

実は、有賀氏から聞かされた話の中に、有賀氏がNOBU松久氏にどうしても会いたかった理由がある。


それは、有賀氏が考える、日本のワイン(有賀ワイン)を世界に向けてのメッセ―ジをいかに早く伝えられるか、その答えがNOBUにあった。

自分のワインを世界に向けて発信したいと悩んでいた時に、NOBU松久氏を知ったと、言ったほうがいいかもしれない。

そして、心に決めた。

NOBU松久との絆

NOBU松久氏に会ためにどうしたらいいのか、それに向かって進むことに全身全霊をかけた。

NOBUに客として通い始めた、出かけた。勿論、NOBU松久氏に会いに、しかし、NOBU松久氏がいつも店にいるとは限らない。


年中、世界を飛び回っているNOBU松久信幸岸にそう簡単には会えない。

客としてNOBUに通い始めても、会いたいというメッセージも言えないまま、その繰り返しが何回も何十回も続いた。店のスタッフたちも、有賀雄二の心の叫びを知らず、NOBUファン、客の一人として接していた。有賀氏もNOBU松久氏に自分の心の叫びを伝えたいという思いを抑えていた。

その有賀氏の誠実さ、真面目さがいつしか、NOBU松久氏に届いた。出会いがきた。

有賀氏の人生が変わった瞬間が訪れた、その時、二人はお互いを感じ、信頼を重ね、それが、今につながる。


そして、“絆”が生まれる。

親しき人が次のステップへと上がることを見るのは、無上の喜びです。

NOBU松久氏が常に語っている言葉がある。


「人に親愛を示し、人の教えに深く耳を傾けて誰かが次のステップへと上るのを見ることは、私の喜びです」

その後二人のイベントは、東京を皮切りに、ロンドン、ニューヨーク、香港、と続いていく。

昨年2014年11月22日、NOBUインターコンチネンタル香港8周年記念イベントが行われた。

NOBU松久氏の最も信頼する日本の友人、世界的なペイストリー鎧塚俊彦氏と勝沼醸造、有賀雄二氏をゲストとして招いた。

有賀雄二「アルガブランカ」日本が誇るワインをフィーチャーした「アルガブランカ・ワイン・ディナー」イベントだ。勿論大成功の幕は閉じた。

その模様は前号「有賀雄二とNOBUとの絆」で書いた。

取材中の有賀氏とインタビューした中に、香港でのNOBU松久氏と過ごした数日間のエピソードの中に、「彼は私のことをずっと考えていてくれたんですね。その姿を見て、彼は信頼できると確信しました。パートナーシップはお金だけではなく、協力し合い、理解し合うことが必要です」と有賀氏は強く語った。

そして、香港でのNOBU松久氏と過ごした数日間のことを話す際の有賀氏の嬉しそうな笑顔が印象的だった。


その後、「NOBU」松久信幸氏と多くのイベントを通して、二人の絆は深めていく。

現在「アルガブランカ」も世界、日本で大きな真価を遂げてきている。

今後世界への大きな夢に向かって、有賀雄二と松久信幸の挑戦は続いていく。

Nagasawamagazineでも“絆”の大切さを演じている二人の今後を見つめていきたい。

春、「勝沼醸造」有賀氏取材後「有賀雄二・アルガブランカ」をお楽しみください。

 

20153月 編集長