NAGASAWA Magazine|ながさわマガジン

ヴィトンと エルメス   編集部  前田 勝介

ルイ・ヴィトン・カバンの活躍は、あらゆる時代に即した旅行に見事にマッチしている姿を先月号で語ったが、中で「エルメス」という名前が何度か出てきている。

「ヴィトンとエルメス」この関係はフランス文明の中でも時代を超えて語られていく。

 ある、昔の広告塔に大きな旅行カバンに乗ってハンカチを振りながら空を飛んでいる女性のイラストがある。

はるか眼下の丘のふもとには、クラシックの車、海上に船。

1928年のエルメスのポスターだ。

こうした広告は、多分ルイ・ヴィトンの広告塔にも使われていたと推測できる。ヴィトンが表現している「馬車から、船、鉄道、自動車」と広がる広告表現は、正に、エルメスと同じだ。

 エルメスの拡がる世界に向けての対策は、着々と計算されていった。

エルメスは広告戦略や、コーポレートアイデンティティーにおいても先駆者だったといいう自覚がある。そうした意識は流石エルメスだ。

 

そもそも、「エルメスもヴィトン」も、同じ時代、時期にスタートしたといってもいい。

「エルメス」の歴史を覗いてみると、初代ティリエリ・エルメスが生まれたのが、1801年、そして、1837年パリ・ランバール通りに高級馬具の製造工房を持ったことがエルメスの始まりだ。

当時のフランスは、大きな混乱の時代の波の中にあった。

ナポレオンが皇帝に即位、やがて没落、不安定な社会の中で育ち、体験したことが、ティリエリ・エルメスの価値観を決めていく。

ティリエルは決して、大天才でもない、むしろ、ルイ・ヴィトンのほうが、物づくりに関しては長けていたのではと感じる。

ティリエルは、常にたゆまぬ努力が成功の道を広げていった。

人をまとめ何かを生み出す努力を重ねて、どちらかといえば、品質至上主義的な、真面目な経営者で作る喜びを職人たちと共に人生をささげてきた。

それが、エルメスの創意を生みだし、現在の質と技で美を奏でる世界のエルメスに成長してきた。

第二回パリ万国博グランプリ受賞した家具、その後ナポレオン3世御用達などの栄誉をえて世界の最高級品として現在に繋がっていくことでも理解できる。

 

一方、「ルイ・ヴィトン」は、1821年に生まれ、1859年にセーヌに最初のアトリエを構える。その後、多くの需要に押されて規模を拡大する。

ルイ・ヴィトンには「革新」という言葉がよく似合う。

旅行というキーワードと共に、時代を作り育てて来た。

そして進む道を探りながら、新しい時代に見合った作品を作り上げ、それが、世界を揺るがすファッションブランドに成長し、巨大なコングロマリットとして成長し、現在、世界のファッションブランドをまとめ乍ら先頭を走りつづけている。

(世界を旅した・ルイ・ヴィトントランクの足跡をたどる「物造り」の歴史観が「Garret」前田さんが作られた・DVD・にたっぷり語られている、いずれ、紹介したい。)

「エルメス」も、二人の息子・アドルフとエミール・モーリスと共に事業を伸ばし馬具製造工房として独特のなめし技術やステッチを用いた馬具作りで品質を磨いていった、それが、高品質とエレガントを象徴する、世界の高級ブランド“エルメス”として君臨していく。

1837年馬具商としてスタートした時からの「商標」馬車マークの“エンブレム”現在もしっかりと使われている。

誇りと自信に満ちた「エルメス」には常にいくつかの哲学が語られていく。

次号では「エルメス」が歩んだ何本かの哲学道を探りながら、歩いてみたい。

 

この、世界の二大ファッション・ブランドは、一口では語りつくせない。

 

企画・取材・写真・nagasawamagazine・編集部 永澤洋二

参考・資料・写真   ・Garret・前田 勝介