NAGASAWA Magazine|ながさわマガジン

二コラ・ブルガリとアメリカン・クラシックカー

こんな美しいアメリカンクラシックカーを見たことがありますか

華麗なる車たちのご挨拶
華麗なる車たちのご挨拶

今、我々が乗っている車は別の言葉でいえばコンピュータが走っていると思っていい、しかし編集長が若いころの車は魅力的でした。

アメ車、ヨーロッパ車、街にあふれていました、銀座、青山、原宿、オシャレな街にはそれらの外車で占められていたといっていいでしょう。
勿論、日本車も頑張っておりました、車がないと女の子にモテない状態でした、だから若者は車に夢中でした。
今、BSで「おぎやはぎの愛車遍歴」という番組があります、結構人気です。

この番組は芸能人たちや、著名人たちが乗っていた「車」自慢番組です。

主に、ヨーロッパ車、日本車が主ですが時々、アメ車も登場します。
それも古いアメ車、アメリカン・クラシックカーです。

しかし、ここで紹介する二コラ・ブルガリが所有するアメリカン・クラシックカーにはとても及びません。


以前、Nagasawamagazine平成12年スタートの年に「二コラ・ブルガリ」で取り上げておりますが今回はその時取材した様子なども詳しく紹介してまいります。

Mr.Nicola BULGARI

Would You Show Me Your Garage ?

二コラ・ブルガリ
二コラ・ブルガリ

マンハッタンから車で2時間弱ペンシルベニア州アレンタウン、昔は鉄鋼で栄えた街で華やかさも感じられただろうが今や、なにの変哲のない田舎の街だ。

世界のファッションブランド・ブルガリの副社長のガレージがある街としては正直、寂しさを覚える。

多分何か理由があるのでは、二コラ・ブルガリに聞いてみた。


「カー・コレクション仲間のひとりが、ここアレンタウンの出身者で大きなガレージごとコレクションカーも引き取ってもらえないかという話があったので、僕が持っているクラシックカーごとここに集めたということです」

そして、またガレージを訪れてみてその理由もさらに納得。


大きな路に建つシンプルなガレージ・ビルのシャッターが劇場の緞帳のようにスルスルと上がると美しい曲線の丸い目がこちらを向いて何かを語っているようだ。現在の、今の車にはない表情をしている。


パステルや渋い色味、精悍、優美、個性的なスタイルの車が路を通る人たちに何かを伝えている。道行く人たちが必ず「今日は何かの、カー・ショウなのか?」と身を乗り出して聞くほど、ため息が出るほど美しく魅力的な車が並ぶ。

1933年ビュイックモデル86・ビクトリア・クーペ
1933年ビュイックモデル86・ビクトリア・クーペ
美しい赤いビクトリア・クーペ
美しい赤いビクトリア・クーペ

このガレージに収まっている、二コラ・コレクションカーは、
1928年製のクラシックカーから、30,40、50年代製の貴重なものばかりだ。
具体的には、

34年ステュードベイカー・ランドクルーザー、

34年ラサール・クーペ、

36年パッカード・クーペ、

36年カッパード・セダン、

47年ナッシュ・アンバサダー・ファストバック・ウッディセダン、(ドアや内装は木でできている、通称“ウッディ”という愛称で呼ばれていた)

47年クライスラー・タウン&カントリー・ウッディ・セダン、

48年クライスラー・タウン&カントリー・ウッディ・コンパーチブル、

42年キャデラック・クーペ

31年クライスラー・インペリアルCG(クライスラーのシャーシとエンジンに、ルバロン社製のボディを載せたスペシャルカー)

36年ダッジ・ピックアップ

驚くほどの台数とあまりに魅力的なコレクションの数々に圧倒される。まさに「あっと驚く」
驚くほどの台数とあまりに魅力的なコレクションの数々に圧倒される。まさに「あっと驚く」

まさに、正に、一見して車の歴史と、その時代の様式美をたどることができる。

圧倒される凄さを覚える。

まだまだ、ガレージ内には魅力あふれる車が50台以上並ぶ、

50年オールズモービル88・コンパーチブル

31年クライスラー・インペリアルシリーズ・CG・ル・バロン・ディアルアウルフェートン

34年ビュイック・モデル98C・4ドア・コンパーチブルセダン

34年ステュードベイカー・コマンダー・ランドクルーザーセダン

There’s no use thinking about reasons or meaning
when collecting things I just love.
 
by Nicola

「好きなものを集めるのに理由や意義は必要ない」二コラ・ブルガリ

二コラのクラシックカー哲学だ。

二コラ・ブルガリの古い友人でこのコレクションのスポークスマンである、プレシジョン・モーターカー代表・マーティン・ショウ(Martyn Schour)は、「古い車はいずれ、鉄くずとなって消えてしまう、車の歴史が消滅していまうことは、二コラには許せない、車を復元して命を与えることが二コラに課せられた使命」だと語る。ここで、二コラ・ブルガリがなぜ、クラシックカーに魅せられたのか、二コラに聞いてみた。

「僕が5歳の時に見たナショナル・ジオグラフィク誌のアメリカ車の広告に惹かれたから」
1941年生まれの二コラ、当時はイタリア車もあまり魅力を感じなかった、当時、VIPたちは、アメ車が主流だった。

I love the American design, that’s all.

By Nicola

 「スタイリングが好き、ただ、それだけさ」 二コラ・ブルガリ

 

41年ビュイック・センチュリーシリーズ61・ツーリングセダン

41年ビュイック・センチュリーシリーズ61・ツーリングセダン
41年ビュイック・センチュリーシリーズ61・ツーリングセダン
41年ビュイック・センチュリー・フロントカバーの様式美
41年ビュイック・センチュリー・フロントカバーの様式美

「特に、ビュイックが恰好よくて魅力的で、そのグラマラスなスタイリング、まず、そのキャラクター、パワーが私にとってまさにアメリカそのものでしたね、いつかビュイックを持つことが、夢になりました」

そして、いま、コレクションの主流はやはりビュイックが中心だ。

 二コラの凄さはまだある、ガレージの中のすべての車が走れる状態になっているからだ。美しい車には、“アンディーク・ヒストリックカー”のナンバー・プレートが付いている。

廃車寸前の車の再生を担当しているのは、整備士キース・フリッキンジャー(Keith Flickinger)と、そのスタッフたちだ。その存在を忘れてはいけない。

 ガレージの室内温度は常に20~22度に保たれ、ガソリンの質も1930、40年代に合わせて、オクタン価を80~120に上げるため、レーシングオイルと鉛を足しているという。正に、車に対する愛情は半端ではない。

 

キース・フリッキンジャー(Keith Flickinger)メカの責任者
キース・フリッキンジャー(Keith Flickinger)メカの責任者

艶やかで、美しい、アメリカクラシックカーを取材して、二コラ・ブルガリは唯のクラシックカーコレクターではないことを深く感じた。

二コラ・ブルガリが言う。

「アメリカの車の歴史を振り返ると車はこうあるべきだという見本を見せてくれる、その力を忘れてはいけない」

現在世界の車の勢いはヨーロッパ、アジア、日本が、優勢だ。

しかし、アメリカ車も世界の車の王者としてのプライドは譲れない。

アメリカン・クラシックカーの華麗で力強いパワー、そのスタイリングは今の車にはない華麗さが存在する。

51年ハドソン・ホーネット・フォードアセダン

51年ハドソン・ホーネット・フォードアセダン
51年ハドソン・ホーネット・フォードアセダン
流麗な姿はこの時代でも人気
流麗な姿はこの時代でも人気

そして趣味とはいえ二コラ・ブルガリのアメリカン・クラシックカーに対する深い愛情には敬意を送りたい。
これからも二コラ・ガレージの車たちが、その美しく華麗で勇壮な姿のパフォーマンスを我々に見せてほしいと深く願っている。

企画・取材・雑誌・ストレート(扶桑社)(2006年・9月)

プロジェクトイン・永澤洋二

フォトグラファー・阿部 寛

 構成

Nagasawamagazine・編集部・2015211日、