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エルメスの心    編集部

エルメス・パリ郊外パンタンの革アトリエ

エルメス・パリ郊外パンタンの革アトリエ
エルメス・パリ郊外パンタンの革アトリエ

ファッションブランドという言葉が生まれたのは何時ごろだったのだろうか。

よくわからないが、1980年世界の多くのファッションブランドが東京にオープンした、グッチ、エルメス、フェラガモ、カルチエ、シャネル、など日本中がブランドの虜になった。その中でも「エルメス」の美しさ、素晴らしさに目が奪われた。

その後、ある機会があって20数年前取材で、パリ・フォーブル・サントノーレ本店を訪れたことがあった。

馬具工房から発祥したエルメスの歴史を物語る空間が、しっかりと本店の中に「博物館」として残されていたことを思い出す。

当時5代目の社長ジャンルイ・デュマ・エルメスが語った言葉に、こんなフレーズがある、「エルメスを作ったのはほかでもない、パリという町そのものです」そして「エルメスのオブジェは優れた音楽に通ずる」素敵な言葉だ。

そして、エルメスを語る上で一番いいフレーズが「クオリティ」の高さだろう。

クオリティを代表するメゾン。

クオリティと技術から生まれた「心の美のメロディー」が、そこから生まれる。

「エルメスの神髄」を語ることはある意味、大変な作業だ。

今回「エルメスの神髄」その「心」を「nagasawamagazine」の取材を通して進めていきたい。

「職人」という言葉がエルメスのコピーには必ず出てくる。

職人気質と創意の伝承という言葉がエルメス・トップ・ジャンルイ・デュマ・エルメスからも常に発せられている。

“・・・音楽家の動きは音になりますが、エルメスの場合、職人たちの動きからはオブジェが生まれてきます・・・”

「質と技で美を奏でる」それがエルメスなのだ。

 アトリエこそが、奏でる技のハーモニーが感じられるところだ。

 

1992年にパリ郊外パンタンに完成したエルメスのアトリエを訪ねた。

建物の中央に吹き抜けがあり、ガラス張りで明るいアトリエが吹き抜けを取り囲むように並んでいる。

アトリエのブースのなかでどうしても目につくのが「材料」アトリエだ。

エルメスの基本材料は「革」が中心、材料を世界各国から買い付けで常にストックしている。オーストラリア、スイス、などから、最高級の革だけを厳選して集めてくる。勿論、革専門の係が厳しく品質をチェックしてアトリエに集めている。

それらの革を製品に合わせて各製品アトリエに送る。

そこには製品別の「職人」が待機しているからだ。

頑固までに一途な伝統を重んじる職人たちが、華やかな表舞台を支えている。

更に、アトリエは私たちを惹きつけてやまない魅力を次々と生み出してきている。

「革」アトリエへの優先は、最高の製品を生み出すことへの敬意なのだ。

革の種類は数多く揃えるている、色は業者に染めさせるものが多い。

 

つづいて、エルメスの中心である“バック”バック作りの最初の工程である、カッティングのアトリエを覗く。

アトリエ内部には、バックの型紙があちこちの場所の天井からぶら下がりを見せている。ケリー、など人気のバックの型紙だ。

裁断台を前に職人たちが革を吟味し手早くカッターで裁断している姿は世界のファッションをリードしているエルメスのアトリエのクオリティの高さがうかがえる。

 

ハンドバック、旅行バックなど、製品は必ず一人の職人が最後まで責任をもって仕上げるのが決まりだ。

そして、全てのアトリエの工程は、準備から完成まで最高の革と最高の技術のバトルで生み出される、

          “質と技で美を奏でる”

革選びから仕上げに至るまでの工程には伝統に裏付けされた職人精神が脈脈と息づいていることを思うとき、すべての製品の名声が華やかな逸話だけではないのだと頷ける。

丹精込めた手縫いのすべての逸品はエルメスという名前に相応しく、美しく高貴だ、アトリエに漂う爽やかな香りはあらゆる時の流れを超えて今日まで受け継がれてきた「エルメスの真髄」そのものだと感じた。

 

エルメスを語ることの、難しさ、楽しさは、やはりこれが真の「ブランド」の姿だと深く感じてしまう。

 

 

 

企画・取材・写真・Nagasawamagazine・編集部 永澤洋二