NAGASAWA Magazine|ながさわマガジン

アラン・デュカスの世界とその品格

Alain Ducasse

アラン・デュカス料理の深さと、その美しき世界

銀座シャネル最上階にフランス料理「ベージュ アラン・デュカス」がある。

先日デュカス料理を味わった。

以前、雑誌「サファリ」で、アラン・デュカス香港インターコンチネンタル・ホテル・「ププーン」オープンを取材した際に「スプーン」で料理を味わい、デュカスを囲みのインタビューが行われた。

フランス語と、英語でのインタビューはとても貴重な取材ができた。

そのあと、「インターコンチネンタル・ホテル」最上階にある部屋での再インタビューは、彼の食べ物に対する深い興味が、デュカスワールドを作り上げてきたのだと感じた。

 

その時の模様は、本文に書いてある。

 

銀座「ベージュ」でのフランス料理は「デュカスの世界」のすべてではないが楽しいひと時だった。

プロフィール

アラン・デュカス(Alain Ducasse, 1956年9月13日 - )は史上最年少で3つ星を獲得したモナコ国籍のシェフ。 パリのオテル・プラザ・アテネのレストラン「アラン・デュカス」や、モナコのレストラン「ルイ・キャーンズ(Louis XV)」の他、世界各地でレストランを経営する。ミシュランから異なる国で3つ星をつけられた、史上初のシェフである。

 

僕は、以前香港でアラン・デュカスにインタビューした一人として余計、彼の凄さと余裕と品格を覚えた。

その時は、香港でアラン・デュカス、プロデュースレストラン「スプーン」オープンで、雑誌「サファリ」で取材しインタビューした時のことだ。その時の模様は雑誌「サファリ」で僕が書いている。

その時、アラン・デュカスと個人的に話す機会があった。

取材後、インターコンチネンタル・香港の最上階、アランが宿泊していたペントハウスで、アラン・デュカスを囲んでのティタイムだった。

日本での活動、ヨーロッパでのレストランのアプローチなど細かなことを話してくれた。上品なスタイルは彼の態度から伺われた。繊細で優しく丁寧に語りかけてくれたことが印象的だった。

その後、ペントハウステラスから香港の夜景を眺めながらフランスの料理のこと、香港の魅力など、柔らかなフランス語で話してくれたことがすごく心に残った。

「アラン・デュカス・ヨーロッパに人気」

2018年3月26日、フレンチの巨匠アラン・デュカス氏が手がけるショコラトリーが満を持して日本に初上陸。その名も『ル・ショコラ・アラン・デュカス 東京工房』。

すべてにおいて繊細な気配りと卓越した質の高さを誇る日本に対し、長年にわたり深い情熱を感じているというアラン・デュカス氏が、パリに続く出店先として選んだ場所は伝統の息づく街・日本橋だった。

『ル・ショコラ・アラン・デュカス 東京工房』では、世界初となるカフェスペース『ル・サロン』も併設され、”初めて”づくしの出店に早くも注目が集まっている。

銀座のフランス料理店は、相変わらずの人気店、ヨーロッパで人気になっているチョコレート店は人気のすごさで世界から絶賛を浴びている。

万博が開催されているイタリア・ミラノ。その下町にできた、アンブロジアーナ食堂では、万博会場で出た余りものの食材を使って、世界の名シェフたちが交代で料理を作り、職を失った人たちや子どもたちに無料で提供することになった。普段とは違う限られた食材。しかもその日になってみなければ何が届くかわからない。いったい何を作れば喜んでもらえるか。6人のシェフたちの知恵を絞った料理づくりに密着する番組だ。

実に面白かった。

日本でも、よくあるスタイルの番組だが、三ツ星のシェフたちによる構成なので興味が湧いた。最後にあの、巨匠アラン・デュカスが登場したことで、更に、驚くと共に流石だという心境だ。

いま、“余りもので何を作るかを”を見ていて感じたことは、彼の、料理に対する挑戦、愛が深いことだ。ありものを使っての料理の手際よさばかりか、発想の素晴らしさなど流石といいたい。

アラン・デュカスというビックネーム、通常なら絶対やらないことだと思うが新しい挑戦だと面白がりながら見事で、驚くほど個性的な料理を作って見せる。

食べる人たちが、どんな人たちでも、手を抜かない、それが世界のアラン・デュカスなのだ。

改めて、アラン・デュカスの品格を見た。

 

NHKアーカイブ「アラン・デュカス」いずれ観られるかも。

企画・nagasawamagazine・編集部(2015・⒑・1)